Vinyl Record Reviews
Mario Marzidovšek(1961年10月21日 - 2011年9月20日)は、旧ユーゴスラビア/スロヴェニアの初期インダストリアル/ノイズ・シーンを支えた人物として知られている。ポルチャネ生まれ、同地で亡くなっている。
彼は音楽活動だけでなく、国際的なメール・アート・ネットワークでも動いていた。ウェブ上の情報では、文通相手に年間600通を超える手紙を送っていたと伝えられている。こうした通信活動は、後のカセット文化やインディペンデントな流通の感覚ともつながって見える。
Marzidovšekは化学工場で働きながら、自宅の一室を「Minimal Laboratorium」と名づけて制作の拠点にしていた。そこには自作機材、古い楽器、テープ・レコーダーが置かれていたとされる。
1984年から1988年にかけては、この拠点の名前を冠したレーベル「Marzidovshek Minimal Laboratorium(MML)」を運営し、80本を超えるカセットテープをリリースした。旧ユーゴスラビアにおける最初期の非商業的な私設レーベルのひとつとして扱われることがある。
彼の音楽は、旧ユーゴスラビア/スロヴェニアのインダストリアル/ノイズの初期例として語られることが多い。1970年代後半には電子音響のアヴァンギャルドに触発されて制作を始めていたとされ、1984年以降はカセットを中心に作品を発表した。
作品の細かな音像については録音やリリースごとの差も大きいが、少なくとも当時のカセット文化の中で、自作機材やテープ操作を使った実験的な制作を進めていたことは確認できる。ライブ活動については、1988年から1989年頃にオランダやドイツで数回行った記録がある。
1988年から1989年頃にかけて、Marzidovšekは活動をいったん止め、オランダ、その後ドイツへ移った。1991年にはスロヴェニアのスロヴェンスカ・ビストリツァへ戻っているが、その後は公の場での活動は確認されていない。
80年代の集中的なカセット制作と、メール・アートを含む広いネットワークでの動きは、後年のカセット・カルチャー再評価の中で見直されている。音楽面だけでなく、独自の流通と制作環境を組み合わせて活動していた点も、彼の重要な部分として残っている。
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