Ryuichi Sakamoto - 音楽図鑑 (1984)
Ryuichi Sakamoto 1984

Ryuichi Sakamoto - 音楽図鑑 (1984)

Electronic Pop Ambient Synth-pop Leftfield

坂本龍一『音楽図鑑』(1984) を聴くということ

1984年に日本でリリースされた坂本龍一の『音楽図鑑』は、ソロ作としての坂本龍一を語るうえで外せない一枚だ。電子音楽、ポップス、アンビエントの要素を土台にしながら、曲ごとに素材の置き方がはっきりしていて、アルバム全体としてもまとまりがある。のちに海外盤では『Illustrated Musical Encyclopedia』という別題で、収録曲を入れ替えた形でも紹介されるが、日本盤のこの並びには、1984年時点の坂本龍一の関心がかなり明瞭に出ている。

坂本龍一は、1970年代後半にソロ活動を始め、同時にYMOのメンバーとして広く知られるようになった人物だが、『音楽図鑑』ではその経験が単なる実績としてではなく、音の組み立てそのものに反映されている。打ち込み、シンセ、ピアノ、声、サンプル的な扱いの素材が、過不足なく配置されていて、曲単位でもアルバム単位でも聴きどころが多い。派手に押し出すというより、細部の選び方で印象を残す作品という印象が強い。

アルバムの位置づけ

『音楽図鑑』は、坂本龍一の初期ソロ作品の流れの中でも、作曲家としての整理された視点がよく見える作品だ。YMOでの活動を経た後の1984年という時期は、日本のポップスや電子音楽が大きく更新されていた時代でもある。そうした中でこのアルバムは、シンセサイザーの新しさだけに寄らず、メロディや間の取り方、音色の配置で聴かせる作りになっている。

同時代の日本のシンセ・ポップやニューウェイヴの文脈で見ると、坂本龍一は技巧や流行の先端にいるというより、クラシックや現代音楽の感覚をポップスのフォーマットに落とし込む側にいる。YMOの延長線上にありつつも、より個人の作曲観が前に出た作品、と捉えやすい。

「Tibetan Dance」――アルバムの入口としての輪郭

収録曲の中でも、まず耳に残りやすいのが「Tibetan Dance」だ。タイトルどおり、異国的なイメージを前面に置いた曲名だが、実際の音作りは単純な装飾では終わらない。リズムの置き方と音の反復がはっきりしていて、短いフレーズを少しずつ見せながら進む構成になっている。聴いていると、音が増えていくというより、同じ素材の角度が変わっていく感じがある。

この曲は、アルバム全体の中でも「電子音楽を使って何を描くか」という坂本龍一の姿勢が見えやすい。音色そのものの珍しさで引っ張るのではなく、配置の妙で景色を作るタイプの曲だ。YMOでの洗練されたシンセ・ワークを思わせる部分もあるが、ここではより静かな集中がある。

「M.A.Y. in the Backyard」――日常の空気を切り取る1曲

『音楽図鑑』を代表する曲として挙げやすいのが「M.A.Y. in the Backyard」だろう。タイトルからして個人的な視点がにじむが、曲もまた大きな展開で押すのではなく、身近な場所の空気をそのまま音にしたような作りになっている。ピアノやシンセの響きが前に出すぎず、音の隙間がそのまま曲の表情になっているのが印象的だ。

この曲は、のちの坂本龍一の作品にもつながる、静けさの扱い方を早い段階で示しているように聴こえる。アンビエント的な聴かれ方もできるが、ただ漂うだけではなく、旋律の断片がきちんと残るところにこの時期の坂本龍一らしさがある。アルバムの中でも特に、耳を近づけて聴くほど細部が見えてくるタイプの曲だ。

「黄土高原」や「Self Portrait」周辺の広がり

アルバムには、タイトルから連想されるイメージをそのまま音にするのではなく、少し距離を置いて組み立てた曲が並ぶ。「黄土高原」のように風景の輪郭を思わせる曲もあれば、「Self Portrait」のように内省的な気配を持つ曲もある。どちらも、単に雰囲気を作るだけでなく、フレーズの反復や音の抜き差しで時間を作っている。

こうした曲群を通して聴くと、『音楽図鑑』というタイトルの意味も見えやすい。さまざまな音の断片を並べた見本帳というより、曲ごとに異なる方法で音楽の輪郭を観察していくような構成だ。派手なヒット曲を前面に押し出す作りではないが、アルバムとしての流れで聴くと、坂本龍一の作曲家としての整理された視線がかなり伝わってくる。

海外盤との違いについて

この作品は後年、海外向けに『Illustrated Musical Encyclopedia』として別の曲順・選曲で出し直されている。つまり、同じ1984年の日本盤をそのまま世界に持っていくのではなく、国際市場向けに内容を調整した形だ。日本盤『音楽図鑑』は、そのオリジナルの並びを持つ初出盤として、当時の坂本龍一の意図をより直接に感じやすい。

まとめ

『音楽図鑑』は、坂本龍一がポップスの枠組みを保ちながら、電子音楽やアンビエントの感覚をかなり繊細に持ち込んだ1984年の作品だ。YMO以後のソロ作としても、のちの映画音楽や静かなピアノ作品へ向かう前段としても位置づけやすい。音の派手さより、曲の置き方、間、素材の選び方で聴かせるアルバム。そういう意味で、坂本龍一の仕事をたどるうえで重要な一枚だといえる。

トラックリスト

  1. A1 Tibetan Dance
  2. A2 Etude
  3. A3 Paradise Lost
  4. A4 Self Portrait
  5. B1 Tabinokyokuhoku
  6. B2 M.A.Y. In The Backyard
  7. B3 Hanenohayashide
  8. B4 Morinohito
  9. B5 A Tribute To N.J.P.
  10. C1 Replica
  11. C2 マ・メール・ロワ
  12. D Tibetan Dance(Version)

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