Squarepusher - Hard Normal Daddy (1997)
Squarepusher『Hard Normal Daddy』——ジャズ感覚を持ち込んだ90年代IDMの重要作
SquarepusherことTom Jenkinsonは、Warp Recordsを代表する電子音楽家のひとりだ。1975年生まれのイングランド出身で、ドラムンベース、アシッド、ブレイクビーツを軸にしながら、ジャズ由来のフレーズ感や即興性を強く感じさせる作風で知られる。そんな彼が1997年にWarpから発表した『Hard Normal Daddy』は、初期Squarepusherの中でも特に評価の高いアルバムとして位置づけられる作品だ。
この盤はUKリリースで、Warp RecordsのWARP50LPとして登場している。レーベルの持つ90年代電子音楽の文脈、いわゆるIDMや実験的なダンス・ミュージックの流れの中で聴くと、この作品がかなり重要な地点にあることが見えてくる。Aphex TwinやAutechreと並べて語られることが多いのも自然で、ただ打ち込みの精度を競うだけではなく、演奏の身体感覚を前面に出しているところがSquarepusherらしい。
アルバム全体の印象
『Hard Normal Daddy』は、細かく切り刻まれたビートと、低音のうねり、ベースの速い動きが前に出る構成だ。曲ごとの情報量が多く、テンポの速いパッセージが続く一方で、音の隙間やブレイクの置き方に独特の間がある。単純に激しいだけではなく、途中で視点が切り替わるような展開が多く、聴き進めるほどに機械的な精密さと、人間の演奏っぽい揺れが同居しているのがわかる。
リリースノートにある「Dedicated to the Chelmsford rave scene」という一文も、この作品の背景をよく示している。地元シーンへの眼差しを持ちながら、クラブの文脈だけに閉じない作りになっている点が面白い。アルバム全体を通して、レイヴ、ドラムンベース、ジャズ、電子音響の要素が、かなり密度の高いかたちでまとまっている。
代表曲「Beep Street」
『Hard Normal Daddy』を語るうえで、「Beep Street」は外せない。Squarepusherの代表曲として扱われることが多く、このアルバムの顔になっている1曲だ。跳ねるようなビートの上を、ベースラインが忙しく動き回り、フレーズが途切れずに前へ進む。リズムは細かいのに、流れは意外なほど明快で、複雑さが聴き手の感覚を振り回すだけで終わらない。
この曲の面白さは、打ち込み中心のトラックでありながら、ベースの運びに演奏者の癖が強く出るところにある。音の粒がきっちり揃っているのに、フレーズの進行には即興的な勢いがある。Squarepusherが単なるプログラミングの巧者ではなく、演奏感覚を電子音楽に持ち込んだ人物だとわかる代表例といえる。
もうひとつの軸としての「Squarepusher Theme」
「Squarepusher Theme」も、この作品の性格をよく伝える重要曲だ。激しいブレイクビーツとベースの推進力が前面にありながら、メロディやフレーズの配置にはどこか整った印象がある。曲名の通り、Squarepusherという名義の輪郭を示すような役割も持っていて、以後の彼の作品に通じる要素がかなり詰まっている。
この曲では、ドラムンベースの高速感と、ジャズ由来の流れの良さがぶつからずに同居している。90年代後半の電子音楽では、複雑なビートを前面に出す作品は少なくなかったが、ここまでベース主体の運動感を強く押し出したアルバムはそう多くない。タイトル曲的な存在として、アルバムの中核を担う1曲だ。
収録曲と作品の位置づけ
本作は、Squarepusherが初期に築いたスタイルをはっきり示すアルバムでもある。後年の作品で見られるより広い音楽性の前段階として聴くと、ここではドラムンベースの速度感、ベース演奏の技巧、IDM的な構造美がかなり集中している。Warpが90年代に積み上げた電子音楽の流れの中でも、演奏性を強く感じさせる点で独自性がある。
レコードとしては1997年のオリジナル盤で、Direct Metal Masteringによるカッティング、曲順は連続性を意識した並びになっている。収録時間の表記はなく、盤面やジャケットのクレジットも含めて、当時のWarp作品らしい実用的なデザイン感がある。音の内容と同じく、パッケージも過度に説明的ではない。
総括
『Hard Normal Daddy』は、Squarepusherの名を決定づけた初期の中心作として見てよさそうだ。細密なビート処理、ベースの存在感、ジャズの感覚を持ち込んだフレーズ、そしてWarp周辺の90年代IDMらしい実験性が、かなり高い密度でまとまっている。単なる技巧の展示ではなく、クラブ・ミュージックの速度と演奏音楽の手触りが同じ場所に置かれている点が、この作品の核だろう。
特に「Beep Street」と「Squarepusher Theme」は、アルバムの方向性を端的に示す曲として印象が強い。1997年の電子音楽を振り返るとき、この1枚はWarpのカタログの中でもかなり重要な位置に置かれる作品だといえる。
トラックリスト
- A1 Coopers World
- A2 Beep Street
- A3 Rustic Raver
- B4 Anirog D9
- B5 Chin Hippy
- B6 Papalon
- C7 E8 Boogie
- C8 Fat Controller
- C9 Vic Acid
- D10 Male Pill Part 13
- D11 Rat/P's And Q's
- D12 Rebus
動画
- Coopers World
- Squarepusher - Beep Street
- Rustic Raver
- Anirog D9
- Squarepusher - Papalon
- Squarepusher - Chin Hippy
- E8 Boogie
- Fat Controller
- Vic Acid
- Male Pill Part 13
- Rat/P's + Q's
- Rebus