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Den Harrowは、イタロ・ディスコを代表する音楽プロジェクトのひとつだ。名前の由来は、イタリア語の「Denaro(お金)」に由来するとされている。表向きのアーティスト像を担ったのはステファノ・ザンドリで、実際の歌唱は時期によってチャック・ロランド、シルヴィオ・ポッツォーリ、トム・フッカー、アンソニー・ジェームズらが担当した。制作面ではトゥラッティ&キエレガートのチームが中心に入っていた。
ステファノ・ザンドリは1983年、クラブでロベルト・トゥラッティとミキ・キエレガートに出会い、そこからDen Harrowの活動が始まった。初期の楽曲「To Meet Me」「A Taste Of Love」でイタリア国内で注目を集め、その後、ギリシャ、スペイン、イギリスでも反応を得ている。
1984年から1985年にかけては「Mad Desire」「Future Brain」がヨーロッパ各国のチャート上位に入り、Den Harrowの名前が広く知られるようになった。「Future Brain」は1985年のデビュー・アルバム『Overpower』からのシングルで、イタリア9位、スイスとスペインで6位、フランスで17位を記録している。
Den Harrowは、80年代のイタロ・ディスコを語るうえで外せない存在だ。イタリアでは1984年から1988年にかけて10曲がヒットチャート入りしており、当時のダンスミュージックの広がりを支えたアーティストのひとりとして扱われている。英語圏市場を意識したプロジェクト設計も特徴で、ステファノ・ザンドリには「マニュエル・ステファノ・カリー、米ボストン生まれ」という架空のプロフィールが与えられていたとされる。これは、イタリア産ダンスミュージックを海外で売り込みやすくするための戦略だったと伝えられている。
1980年代後半にはアルバム単位でも実績を重ねた。『Day By Day』はドイツのアルバムチャートで8か月にわたって1位を記録し、ミリオンセールスに達したとされる。ほかにも『Lies』やベスト盤のリリースがあり、「Born To Love」などのシングルも欧州のセールスチャートで存在感を示した。
1987年の「Don't Break My Heart」はドイツで人気歌手に贈られる賞を受けたとされ、Den Harrowの名前をさらに広げた。こうした流れを見ると、シングル単位のヒットとアルバムの成功が並行していたことがわかる。
Den Harrowでは、長く歌唱担当が伏せられていた。2010年には、ヴォーカルを担当していたトム・フッカーがミキ・キエレガートとともに動画を公開し、自身が大半のDen Harrow楽曲の歌声を担当していたと主張した。その後、ステファノ・ザンドリ自身も、Den Harrowのレコードで自分は歌っていなかったことを認めている。
なお、ザンドリは1998年以降にボイストレーニングを受け、旧曲を自身の声で再録音している。現在もDen Harrow名義で公の場に登場している。
Den Harrowの経緯は、見た目のイメージ、制作チーム、実際の歌唱が分かれた80年代ダンス・プロジェクトの一例として知られている。2019年には、この騒動がミリ・ヴァニリ事件になぞらえたドキュメンタリー映画『Dons Of Disco』でも取り上げられた。
公式のSNSや動画チャンネルもあり、過去の楽曲や映像をたどることができる。イタロ・ディスコの代表的なアーティストとして、現在も参照される機会は多い。