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Dr. Dreは、1965年2月18日にカリフォルニア州コンプトンで生まれた、アメリカのプロデューサー、ラッパー、実業家だ。ヒップホップの中でも、特にWest Coast G-funkの広まりに大きく関わった人物として知られている。シンセサイザーを使った音作りと、遅めで重いビートを軸にしたスタイルが特徴で、ここが彼の名前を語るうえで外せないポイントになる。
1980年代から1990年代にかけては、N.W.A.や後のDeath Row周辺で活動した。N.W.A.在籍時には、ギャングスタ・ラップの流れの中で存在感を強め、のちにソロへ移っていく。1992年にはアルバム『The Chronic』を発表し、その後の作品群でも制作面での評価を固めた。
1991年にはN.W.A.とDeath Row Recordsを離れ、Suge KnightやThe D.O.C.とともにDeath Rowを立ち上げた。その後、Death RowではSnoop Doggの『Doggystyle』などを手がけ、レーベルの勢いを支えた。1996年にはDeath Rowを離れ、Aftermath Entertainmentを設立している。ここで自分のレーベル運営に軸足を移した流れになる。
Aftermath設立後は、Eminemのデモを聴いてすぐにスタジオへ招き、そこから「My Name Is」へつながる制作につなげた逸話が知られている。こうしたエピソードからも、Dr. Dreが単なるラッパーではなく、発掘と制作の両方で動く人物として見られてきたことがわかる。
Dr. Dreの音楽は、Hardcore Hip-Hop、Boom Bap、Gangsta、G-Funkといった要素で整理されることが多い。中でもG-funkは彼の名前と強く結びついていて、シンセのフレーズ、低音の効いたドラム、ゆったりしたテンポ感が印象に残る。派手に詰め込むというより、音数を絞ってビートの輪郭をはっきり出す作り方が目立つ。
プロデューサーとしては、ラッパーの声やフローを前に出すために、トラックの配置をかなり細かく調整するタイプとして見られている。Eminem、Snoop Dogg、Kendrick Lamar、50 Cent、Xzibit、The Game、Busta Rhymesなど、多くのラッパーの作品に関わってきた点も大きい。
Dr. Dreは、West Coastのヒップホップを語るときに外しにくい存在だ。N.W.A.での活動、Death Rowでの制作、Aftermathでの人材発掘という流れを通して、ラッパーとしてだけでなく、プロデューサー兼レーベル運営者としても影響を広げてきた。
2006年にはJimmy IovineとともにBeats Electronicsを立ち上げ、2014年にはAppleによる買収が行われた。これで彼は音楽制作の枠を超えて、ビジネス面でも大きな足跡を残した形になる。ヒップホップの現場で積み上げた経験が、音楽機器やブランドの領域にもつながっていったわけだ。
1991年にはテレビ司会者Dee Barnesへの暴行事件を起こしている。のちに2015年のHBOドキュメンタリー『The Defiant Ones』の中で、この件について謝罪している。音楽史の文脈では作品やプロデュース業が中心に語られやすいが、こうした事実も彼の歩みの一部として残っている。
Dr. Dreを追うと、ヒップホップの制作、レーベル運営、アーティスト発掘、そしてビジネスまで、いくつもの層が見えてくる。作品を聴くときは、ビートの作り方と、そこから広がった人脈や流れにも目を向けると面白い。