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Elis Regina(エリス・レジーナ)は、1945年3月17日生まれ、1982年1月19日没のブラジルの歌手。ジャンルはジャズ、ラテン、スタイルはMPBとして扱われている。ブラジルのポピュラー音楽を代表する歌手のひとりで、1965年に広く知られるようになった。
活動の大きな転機になったのが、1965年4月6日にTVエクセルシオール主催の第1回ブラジル・ポピュラー音楽フェスティバル決勝で歌った「Arrastão」だ。作詞はヴィニシウス・ヂ・モライス、作曲はエドゥ・ロボ。この曲で優勝し、全国的な知名度を得た。
その年のうちに3枚のアルバムを発表し、TVレコードの人気番組「O Fino da Bossa」の司会も務めるようになった。ここから、録音作品だけでなくテレビでの存在感も含めて、活動の幅を広げていった。
プロフィールでは、彼女は声の使い方、個人的な解釈、ショーでのパフォーマンスで知られていたとされる。単に曲をなぞるのではなく、歌詞や旋律の受け止め方を前に出すタイプの歌手として評価されている。
MPBの文脈では、ボサノヴァ以後のブラジル音楽を歌で支えた人物として見られることが多い。ジャズやラテンの要素を含むレパートリーとも結びつきながら、ブラジル音楽の広がりを伝えた歌手だった。
音楽的な集大成のひとつとしてよく挙げられるのが、1974年にロサンゼルスでアントニオ・カルロス・ジョビンと共演したアルバム『Elis & Tom』だ。ボサノヴァの中心人物であるジョビンと、MPBを代表する歌手エリスの共作として制作され、発表当時から高い評価を受けた。
この作品は、後年になってもブラジル音楽史上の重要作として語られている。エリスの歌唱とジョビンの楽曲が同じアルバムの中で並ぶことで、当時のブラジル音楽の流れがそのまま残っている。
エリス・レジーナは、João Marcello Bôscoli、Maria Rita、Pedro Camargo Marianoの母でもある。音楽一家としてのつながりも、彼女の名前とともに知られている。
1982年1月19日、サンパウロで36歳で亡くなった。死因はヴェルモット(チンザノ)とコカイン、精神安定剤の組み合わせによる心停止とされ、事故死と見なされている。突然の死はブラジル中に衝撃を与え、サンパウロの街頭には10万人を超える人々が集まり、彼女の歌を歌いながら死を悼んだと伝えられている。
エリス・レジーナは、1960年代のブラジル・ポピュラー音楽の盛り上がりの中で存在感を強め、テレビ番組、アルバム、ライブを通じて活動を広げた。とくに「Arrastão」での優勝と『Elis & Tom』の評価が、彼女の活動歴を語るうえで重要な節目になっている。
ジャズ、ラテン、MPBをまたぐ歌手として、曲ごとの解釈を前面に出した歌い方が特徴として残っている。ブラジル音楽を追うなら、まず名前を押さえておきたい人物のひとりだ。