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Francoことフランソワ・ルアンボ・マキアディ(François Luambo Makiadi Lokanga La Djo Péné)は、1938年7月6日にベルギー領コンゴのソナ・バタで生まれ、1989年10月12日にベルギーのナミュールで亡くなったギタリスト、バンドリーダーだ。20世紀のコンゴ音楽を代表する存在として知られ、Orchestre T.P.O.K. Jazzを1956年に結成してから死去するまで率い続けた。
1956年、レオポルドヴィル(現在のキンシャサ)で自身のバンドを作り、よく演奏していたバーの名前にちなみ「OKジャズ」と名付けた。その後、1960年代には「トゥ・ピュイサン(全能なる)OKジャズ」、つまりT.P.O.K. Jazzへと改称し、以後はこの大編成バンドを軸に活動を続けた。
最盛期のT.P.O.K. Jazzは40人を超える規模になり、200枚以上のアルバム、600曲を超える録音を残したとされる。Francoは演奏だけでなく、バンドの運営と人材育成でも大きな役割を果たし、ルテュンバ・シマロやサム・マンワナら多くのミュージシャンを育てた。
Francoはルンバの名手として知られ、ギターの扱いで強い存在感を持っていた。特に、複数の弦を使い分けるポリリズミックな奏法や、楽曲のクライマックスに置かれる「セベン」パートでの親指と人差し指を使ったシンコペーションの効いたピッキングが特徴として挙げられる。
キューバのソンやルンバの要素と中央アフリカのリズムを組み合わせ、複雑なギターの掛け合いと長い即興ソロを前面に出したコンゴ・ルンバの形を作った人物として語られている。この流れは、その後スクースへと発展していく土台になった。
Francoは「Le Grand Maître(グラン・メートル、大巨匠)」や「Sorcerer of the Guitar(ギターの魔術師)」という呼び名で知られていた。これは、力みの少ない流れるような演奏ぶりや、ギターのフレーズを組み立てる手つきに由来するものとして紹介されることが多い。
Francoの音楽はコンゴ国内にとどまらず、アフリカ全土のラジオやコンサート・シーンで広く流通した。さらに、ポール・サイモンやトーキング・ヘッズといった西側のミュージシャンにも影響を与えたとされている。
こうした広がりの背景には、Francoが作ったコンゴ・ルンバの形式だけでなく、T.P.O.K. Jazzの大規模な録音活動や、バンドを通じた人材の継続的な輩出もあった。
Francoはモブツ政権と近い関係にあったことでも知られる。1974年には、国有化されていたプレス工場マザディスの所有権を取得したとされる。音楽活動と同時に、当時のザイールの政治や制度とも結びついていた人物だった。
Francoは、コンゴの大衆音楽を長く支えたギタリストであり、バンドリーダーでもあった。録音数、活動年数、育てたミュージシャンの数を見ても、その影響の大きさがそのまま活動の規模に表れている。