Vinyl Record Reviews
Gil Scott-Heron & Brian Jacksonは、ギル・スコット=ヘロンとブライアン・ジャクソンによるデュオ、または2人を中心にした活動の呼び方として知られている。ジャズ、ファンク、ソウル、ラテンの要素を行き来しながら、スポークン・ワードや社会・政治的なテーマを取り込んだ作品を残した。
2人は1969年、ペンシルベニア州のリンカーン大学で出会った。スコット=ヘロンは当時19歳で、詩人ラングストン・ヒューズの母校であることも理由にこの大学を選んだ学生だった。ジャクソンは17歳のブルックリン出身のピアニストで、大学のカリキュラムにアフリカ中心主義的な視点が足りないと感じ、授業から距離を置いていたという。
学生時代には「ブラック&ブルース」というバンドを組み、これが後のスコット=ヘロンの活動の土台になった。その後、2人は「ミッドナイト・バンド」を結成し、ジャクソンがキーボード奏者兼バンドリーダーを務めた。
1970年代を通じて、2人はジャズ、ファンク、ソウル、スポークン・ワード、そして政治や社会への視点を横断する作品を発表した。音楽の形としては、歌と語りを行き来する構成が多く、演奏面ではジャズ・ファンクやリズム&ブルース、ラテンの要素がはっきり出ている。
代表曲としては、1971年の「The Revolution Will Not Be Televised」、1974年の「The Bottle」、1978年に全米R&Bチャート15位を記録した「Angel Dust」などがある。特にこうした作品群では、メッセージ性の強い語りとバンド演奏が結びついていて、当時のソウルやジャズの枠組みの中でもかなり独自の位置にあった。
社会性の高いスポークン・ワード作品は、その後のスコット=ヘロンの評価にもつながっていく。彼は後年、「ヒップホップのゴッドファーザー」と呼ばれることがあるが、その背景には、言葉を前面に出した表現と、現実の問題を扱う姿勢がある。
一方で、創作面とビジネス面での意見の違いから、ブライアン・ジャクソンは1980年にスコット=ヘロンとの活動を離れている。2人の組み合わせは長く続いたわけではないが、70年代に残した録音は、ジャズ・ファンクやプロテッシブなソウルの流れを考えるうえで外せない存在として扱われている。
Gil Scott-Heron & Brian Jacksonの作品は、演奏だけで押し切るタイプでも、語りだけで成立させるタイプでもない。2人の役割が重なりながら、70年代のブラック・ミュージックの中で独特の形を作っていったところに、このユニットの面白さがある。