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Jackson Browneは、1948年10月9日にドイツ・ハイデルベルクの米軍基地で生まれたアメリカのシンガーソングライターだ。拠点はロサンゼルス、ジャンルはロック、スタイルとしてはポップ・ロックやアコースティックに分類されることが多い。2004年にロックの殿堂入り、2007年にソングライターズ・ホール・オブ・フェイム入りを果たしている。
10代のころにナイティ・グリティ・ダート・バンドに一時在籍し、その後1960年代末にはニューヨークへ移っている。ここでは、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのニコやティム・バックリーのバックミュージシャンとして活動した。1967年にはニコと交流し、彼女のデビュー作『Chelsea Girl』では楽曲提供とギター演奏に関わっている。
その後はロサンゼルスに戻り、ローレル・キャニオンの音楽シーンやトルバドールでの活動を通じて存在感を強めた。この時期に書かれた「Shadow Dream Song」や「These Days」は、イーグルス、リンダ・ロンシュタット、グレッグ・オールマン、ジョーン・バエズ、ザ・バーズらにカバーされている。
Jackson Browneの名前を広く知らしめた楽曲のひとつに、イーグルスの代表曲「Take It Easy」の共作がある。自作曲だけでなく、他のアーティストに歌われる楽曲を多く持っている点が、彼のキャリアを語るうえで重要な部分だ。
1972年のセルフタイトル・デビュー作では「Doctor My Eyes」が初のトップ10ヒットとなった。この曲にはデヴィッド・クロスビーとグラハム・ナッシュが参加している。続く『Running on Empty』(1977年)は大きな成功を収め、7度のプラチナ認定を受けている。
音楽面では、ロックを土台にしたポップ・ロックとアコースティック寄りの楽曲で知られる。派手な演奏で押すタイプというより、曲の構成や歌詞の流れを重視する作りが目立つ。初期の楽曲が他のアーティストに多数取り上げられていることからも、メロディと曲作りの強さがうかがえる。
音楽活動と並行して、社会活動にも関わってきた。1979年には「Musicians United for Safe Energy(MUSE)」を共同設立し、マディソン・スクエア・ガーデンで行われた反核コンサート「No Nukes」の組織にも尽力している。作品と活動の両方で、共感を軸にした姿勢を続けてきた。
Jackson Browneは、シンガーソングライターとしての活動、他アーティストへの楽曲提供、そして社会活動まで含めて追うと、アメリカ西海岸の音楽史の中でかなり重要な位置にいる人物だ。1970年代のロックやアコースティック系の流れをたどるときにも、名前がよく出てくる。