Vinyl Record Reviews
Minutemenは、1980年にカリフォルニア州サンペドロで結成されたロック・バンドだ。中心になったのは、幼なじみだったD. Boon(ギター、ボーカル)とMike Watt(ベース、ボーカル)で、のちにGeorge Hurley(ドラム)が加わった。最初のドラマーはFrank Toncheだったが、短期間で脱退している。
D. BoonとMike Wattは、前身バンドの解散後にMinutemenを始めた。結成当初からBlack Flagと近い関係にあり、初期のライブでも共演している。Toncheが抜けたあとにHurleyが正式加入し、以後の編成が固まった。
バンドは5年間でLP4枚、EP6枚を発表し、コンピレーションにも多数参加した。作品数の多さだけでなく、短い活動期間の中でかなり密度の高い制作を続けていた点が特徴だ。
ジャンルとしてはパンク、ハードコアに分類されることが多いが、実際の楽曲にはファンクやジャズの要素も入っている。さらに、Steely Dan、Van Halen、Creedence Clearwater Revival、Blue Öyster Cultなどのカバーもレコードやライブで演奏していた。
曲の長さが短いこともMinutemenの大きな特徴だ。ソロ、コーラス、ブレイクダウン、フェードアウトを省いた曲が多く、かなり端的に演奏を終える作りになっている。D. Boonのギターは高音寄りのトーンで知られ、各楽器がはっきり聞こえるような「民主的な」バランスを意識していたとされる。
1984年の2枚組LP『Double Nickels on the Dime』は、Minutemenの代表作としてよく挙げられる。ウェブ検索での情報では、サミー・ヘイガーの「I Can't Drive 55」への返答としてタイトルが付けられたとされている。Double Nickelsは55マイル制限を指し、the Dimeはインターステート10号線の隠語だ。
このアルバムのジャケットには、マイク・ワットがロサンゼルスの市街地を実際に時速55マイルで運転する姿が写っている。制作費は2000ドル未満とされ、バンドが掲げた「We Jam Econo」という考え方をそのまま形にした作品として紹介されることが多い。
Minutemenは、機材を自分たちで運び、自分たちで移動しながらツアーを回るなど、費用を抑えた活動を徹底していた。こうしたやり方は「We Jam Econo」という言葉で知られている。大きな予算がなくても音楽を続ける、という実践がそのままバンドの活動スタイルになっていた。
この姿勢は、演奏や録音だけでなく、レーベル運営にも表れている。作品の多くはBlack FlagのSST Recordsや、自分たちのNew Alliance Recordsから出されていた。
1985年12月22日、D. Boonがアリゾナ州での自動車事故により27歳で亡くなり、Minutemenは活動を終えた。翌年には、ライブ音源をまとめた『Ballot Result』がSSTから出ている。
Boonの死後、Mike WattはNew AllianceをSSTに売却した。1986年にはファンだったEd Crawfordの誘いで、WattとHurleyがfIREHOSEを結成し、1994年まで活動した。その後もWattとHurleyは別のバンドやセッションで演奏を続け、2005年にはUnknown Instructorsでも再び共演している。
Minutemenの音楽性とDIYのやり方は、後のインディー/ハードコア・シーンに影響を残した。ウェブ検索での情報では、Fugaziをはじめとする後続世代への影響が挙げられている。短い曲構成、ジャンルをまたぐ要素の入れ方、低予算でも作品を作る姿勢が、後のバンドに引き継がれていった。
2005年にはバンドのドキュメンタリー映画も公開され、Mike WattやGeorge Hurleyのほか、Chuck Dukowski、Henry Rollins、Ian MacKaye、John Doe、Kira Roesslerらが登場している。
Minutemenは、パンク/ハードコアの枠に収まりながら、演奏の組み立てや制作方法でかなり独自のやり方を取っていたバンドだ。活動期間は長くないが、残した作品数と影響は大きい。