Vinyl Record Reviews
Nas(Nasir Jones)は、1973年9月14日生まれのアメリカ・ニューヨーク州クイーンズ出身のラッパー、ソングライター、俳優だ。クイーンズブリッジ団地で育ち、父はジャズミュージシャンのOlu Dara。ヒップホップの中でも、ハードなラップ、ブーンバップ、コンシャス系、ジャジーなビートを軸に活動してきた。
Nasの名前を大きく広めたのが、1994年のデビューアルバム『Illmatic』だ。Large Professor、Pete Rock、Q-Tip、DJ Premierらが制作を手がけたこの作品は、当時の商業成績こそ大きくはなかったものの、緻密なライムとストリートの空気をそのまま切り取ったような描写で高く評価された。The Source誌で「5マイク」を獲得したことでも知られ、後年はヒップホップ史の名盤として扱われている。
『Illmatic』では、クイーンズブリッジの生活感、周囲の緊張感、日常の細部がかなり具体的に描かれている。派手な演出よりも、言葉の置き方や視点の切り替えで聴かせるタイプの作品だ。
1996年には『It Was Written』を発表し、その後も作品を重ねていく。Nasはアルバムごとにサウンドの幅を広げながらも、ライムの精度や語りの組み立てを軸にしたスタイルを保ってきた。ブーンバップ寄りのビートに強く、ジャズの要素を感じさせるトラックとも相性がいい。
2001年にはJay-Zとの確執が大きな話題になり、「Takeover」と「Ether」の応酬がヒップホップ史に残るビーフとして知られている。その後、2005年にJay-Zのライブへサプライズ出演する形で関係が動き、2006年にはJay-Zが率いるDef Jamと契約した。
Nasはアーティスト活動だけでなく、レーベル運営でも動いている。2013年にはカルチャー誌『Mass Appeal』への出資を経て、2014年にPeter BittenbenderとともにMass Appeal Recordsを立ち上げた。ラッパーとしての経験をそのまま業界側にも持ち込んでいる形だ。
Nasのラップは、勢いだけで押すタイプというより、言葉の密度で聴かせる場面が多い。ビートに対して声をどう置くか、どこで間を取るかがはっきりしていて、ハードコア寄りの曲でも情報量が落ちにくい。
長くグラミー賞に届かなかったNasだが、2021年にはHit-Boyがプロデュースした『King's Disease』で最優秀ラップアルバム賞を受賞した。キャリアの初期から高い評価を受けていた一方で、受賞歴が後年まで大きく伸びなかったことも、彼の歩みの一部として語られている。
また、Nasは俳優としての活動も行っている。音楽だけでなく、カルチャー全体に関わる人物として見られることが多い。父Olu Daraがジャズミュージシャンという背景もあり、ヒップホップの文脈だけでなく、音楽史の流れの中で語られる場面も少なくない。