Nelson Angelo E Joyce

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Nelson Angelo E Joyce

Nelson Angelo e Joyceとは

Nelson Angelo e Joyceは、ブラジル・ベロオリゾンテ出身のソングライター、ギタリスト、アレンジャー、シンガーとして知られるネルソン・アンジェロの活動を語るうえで外せない名前だ。1949年6月15日生まれで、1966年にベロオリゾンテのステージでキャリアを始めた。その場でミルトン・ナシメントと出会い、のちにクルビ・ダ・エスキーナへつながるミナス・ジェライスの音楽運動に参加していく。

ミナス・ジェライスの音楽シーンで育った経歴

1969年には、ジェラルド・アゼヴェード、ナナ・ヴァスコンセロス、フランクリン・ダ・フラウタとQuarteto Livreに参加した。その後も、ルイス・エサ率いるグループにジョイス、ナナらと加わり、1970年にはメキシコでLuiz Eça Y La Familia Sagradaの録音に関わっている。

1971年には、ネルソン・アンジェロ、ジョイス、ナナ、ノヴェリ、トニーニョ・オルタでA Triboを結成し、Odeonからコンパクト盤を発表した。同じ年に、現在ではカルト盤として扱われる自身名義の作品も録音している。

1972年のデュオ作と、その後の評価

ウェブ上の情報では、1971年にA Triboで活動していたネルソン・アンジェロが、当時夫婦だったジョイス・モレーノとともに、翌1972年にデュオ作『Nelson Ângelo e Joyce』を発表している。マエストロ・ガヤのプロデュースで、Odeonからのリリースだった。ロー・ボルジェス、ダニーロ・カイミ、トニーニョ・オルタ、テノリオ・ジュニアら、ミナス・ジェライスの同時代人たちが参加している。

この作品は、軍事政権下のブラジルという時代背景の中で、ボサノヴァやサンバの要素に、フォーク、プログレッシブロック、サイケデリックな感触を重ねた内容として再評価が進んでいる。長く入手しづらい稀少盤として扱われ、後年にはレア・グルーヴやサイケデリック・ロックのリスナーの間で注目を集めた。

音楽性の特徴

ネルソン・アンジェロの音楽は、Rock、Folk、World、Latinの要素にまたがりつつ、Psychedelic Rock、MPB、Bossanovaの文脈で語られることが多い。電気ギターとアコースティック・ギターの両方を扱い、作曲、編曲、歌唱まで担ってきた。

実際の活動歴を見ると、土着的なブラジル音楽の語法を軸にしながら、1970年代初頭のロックや実験的な響きを取り込んでいたことが分かる。派手な説明よりも、同時代のブラジル音楽の現場で何を共有していたかを追うと、その立ち位置が見えやすい。

ミルトン・ナシメントとの関わり

ネルソン・アンジェロは1970年代に、ミルトン・ナシメントの代表的な楽曲をいくつも共作している。「Fazenda」「Simples」「Canoa Canoa」はその例で、「Canoa Canoa」はフェルナンド・ブラントとの共作だ。「Testamento」「Sacramento」ではミルトン本人と組んでいる。

こうした楽曲提供からは、彼が単なるギタリストにとどまらず、ミナス・ジェライスの作曲家ネットワークの中核に近い場所で動いていたことが見えてくる。

セッション・ミュージシャンとしての存在感

インストゥルメンタリストとしても、ネルソン・アンジェロは多くの録音に参加している。クルビ・ダ・エスキーナ周辺だけでなく、エリス・レジーナ、ルイス・ゴンザーガ、ドリ・カイミ、ナナ・カイミ、エドゥ・ロボ、チコ・ブアルキ、ゴンザーギーニャ、ジョニー・アルフ、セルジオ・メンデス、サラ・ヴォーン、アントニオ・カルロス・ジョビンらと録音している。

ジョビンとミウシャが録音した「Tiro Cruzado」は、ネルソン・アンジェロがマルシオ・ボルジェスと共作した曲だ。作曲家としての仕事が、ブラジル音楽の主要アーティストの録音に直接つながっていたことが分かる。

1970年代以降の活動

1973年にはヨーロッパでアルバムを録音し、同じ年に別作品のプロデュースも手がけ、演奏者としても参加している。1980年代にはフランシス・イメ、ダニーロ・カイミ、ノヴェリ、クリスティーナ・ブアルキ、ルーラ、オリヴィア・イメらとTurma do Funilに加わり、ジョアン・ノゲイラが創設したClube do Sambaにも参加した。

その後もソロ作や関連作品を重ねていて、『Mineiro pau』(1984年)、1990年の作品、2002年の作品、『Minas Em Meu Coração』(2008年)などが挙げられる。Rocinanteからは、さまざまな時期の楽曲を新しい形で見直すアルバムもリリースされている。

ネルソン・アンジェロの位置づけ

ネルソン・アンジェロは、クルビ・ダ・エスキーナの周辺で活動しながら、ミルトン・ナシメントへの楽曲提供、数多くの録音への参加、そしてジョイスとのデュオ作のような作品を通して、ブラジル音楽の複数の流れをつないできた人物だ。作品単体で語られることもあるが、同時代のミナス・ジェライスの音楽シーンとあわせて見ると、活動の輪郭がよりはっきりする。

長く再評価が続いているのは、録音の数だけでなく、ギター、作曲、編曲、歌のすべてで現場に関わり続けてきたからだろう。レア盤として語られる1972年のデュオ作も含めて、ネルソン・アンジェロの仕事は今もブラジル音楽の文脈で追われている。

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