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Pointer Sistersは、アメリカ・カリフォルニア州オークランド出身のR&Bヴォーカル・グループだ。1970年代から1980年代にかけて主流のヒットチャートで存在感を強め、ポップ、ディスコ、ソウル、ファンク、シンセポップなどを行き来しながら活動してきた。4人姉妹を中心に編成が変化しつつ続いたグループで、長い活動歴の中で全米トップ20ヒットを13曲記録している。
活動の出発点は1969年で、June PointerとBonnie Pointerがクラブで「Pointers, a Pair」として歌い始めたことにある。その後、Anita Pointerが加わってトリオになり、さらに1972年12月にRuth Pointerが参加してカルテットへ発展した。初期にはAtlantic Recordsからシングルを出しているが、すぐに大きな成功にはつながっていない。
その後Blue Thumb Recordsと契約し、デビュー・アルバムを制作する。ここから徐々に評価が高まり、1975年には「Fairytale」でグラミー賞最優秀カントリー・ヴォーカル・パフォーマンス賞を受賞した。黒人女性グループがカントリー分野で評価を受けた例としても知られている。
1974年10月には、Bonnie、Anita、Ruthの3人でナッシュビルのグランド・オール・オープリーに出演した。アフリカ系アメリカ人の女性グループとして初めて同番組のステージに立ったことが話題になった。なお、このときJuneは体調不良で出演していない。
同じ時期の「Fairytale」は、AnitaとBonnieが書いたカントリー曲で、グループの初期を代表する重要な1曲になっている。R&Bグループがカントリーの領域でも注目された点に、このグループの活動の幅が表れている。
Pointer Sistersが最も大きな商業的成功を収めたのは1980年代で、June、Ruth、Anitaの3人編成が中心になった時期だ。ここでは「Jump (For My Love)」「Automatic」でトップ10ヒットを記録し、2曲でグラミー賞も獲得している。
ほかにも「Fire」「He's So Shy」「Slow Hand」「I'm So Excited」のリミックス版、「Neutron Dance」などが全米上位に入っている。1973年から1985年までに全米トップ20ヒットを13曲出しており、シングルの強さがよく分かる。
1978年の「Fire」は、ブルース・スプリングスティーンが1977年に書いた曲で、当初はエルヴィス・プレスリーへの提供を意図していたが実現しなかった。その後ロバート・ゴードンが先に録音し、さらにプロデューサーのリチャード・ペリーの提案でPointer Sistersがカバーした。結果として、この曲は全米2位まで上昇する大ヒットになった。
Pointer Sistersのレパートリーはかなり広い。ポップ、ディスコ、ジャズ、電子音楽、ビバップ、ブルース、ソウル、ファンク、ダンス、カントリー、ロックまで含まれていて、ジャンルの境界をまたぐ活動を続けてきた。プロフィール上の主要ジャンルとしてはElectronic、Funk / Soulが挙げられ、スタイル面ではSynth-pop、Disco、Contemporary R&Bが並ぶ。
実際の楽曲を追うと、1970年代のカントリー寄りの楽曲から、1980年代のシンセを前面に出したダンス・ポップまで、時期ごとに音の作りが変化している。ボーカル・グループとしてのまとまりを保ちながら、時代に合わせて編成やサウンドを更新していった点がこのグループの大きな特徴だ。
長い活動の中でメンバー構成は何度か変わっている。Bonnie Pointerは1978年にソロ活動へ移り、June Pointerは2004年にグループを離れた。Juneの後にはRuthの娘であるIssa Pointerが加わった。2009年からAnita Pointerが亡くなる2022年までは、Anita、Ruth、Issa、そしてRuthの孫娘Sadako Pointerを含む形で活動していた。
ただし、その時期も実際のステージでは3人編成で動くことが多く、必要に応じてメンバーを入れ替える形だった。
Pointer Sistersはグラミー賞を通算3回受賞している。1994年にはハリウッド・ウォーク・オブ・フェイムにも星が刻まれた。Billboardのランキングでは、2016年に史上80番目に成功したダンス・アーティスト、2017年にはHot 100 Artistの93位、Hot 100 Women Artistの32位に入っている。
Pointer Sistersは、姉妹グループという枠に収まらない活動を続けてきた。R&Bを土台にしながら、カントリー、ディスコ、ファンク、シンセポップへ移動し、その都度ヒットを残している。1970年代のオープリー出演や「Fairytale」の受賞、1980年代の連続ヒットを見ると、アメリカのポップス史の中で独特の位置を占めているグループとして整理できる。
現在でも、代表曲をたどるだけで活動の幅が見えてくるグループだ。