Vytas Brenner

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Vytas Brenner

Vytas Brennerについて

Vytas Brennerは、1946年9月19日にドイツのチュービンゲンで生まれ、2004年3月18日にオーストリアのザルツブルクで亡くなった、ベネズエラのギタリスト/キーボード奏者だ。国籍はベネズエラで、ジャンルはElectronic、Rock、Latin、Folk、World、Countryにまたがる。スタイルとしてはFolk Rock、Latin、Prog Rockに分類されている。

経歴の流れ

Brennerの家族は1949年にベネズエラへ移住した。母のマルガリータ・ブレンナーはオペラ歌手だった。1959年には家族でイタリアへ渡り、その後スペインへ移る。スペインでは、兄弟たちとともにフォークバンド、Vytas Brenner Quartetを結成した。その後メンバーの追加や改名を経て活動を続けたが、やがてブレンナー兄弟はベネズエラへ戻り、Vytasはソロ活動を始めた。

21歳のときにはアメリカ・テネシー州へ渡り、テネシー大学音楽院で学んだ。ここではDavid Van Vactorのもとで学び、後にナッシュビルの大学で電子音楽の大学院課程も受講し、1972年に優秀な成績で卒業している。

1971年には、ベネズエラの歌手マリア・フェルナンダ・マルケスとデュオVitas & Mafeを結成した。1972年には自身のバンドLa Ofrendaを立ち上げ、1979年までに5枚のアルバムを制作している。

音楽的な特徴

Brennerの仕事で特に重要なのは、エレクトリック楽器やシンセサイザーなどの電子楽器と、アコースティック楽器やピアノを組み合わせた点だとされている。そこに、プログレッシブ・シンフォニック・ロック、ラテンのリズム、ベネズエラの伝統音楽を重ねていった。こうした組み合わせは、彼の代表的な制作姿勢として紹介されている。

ジャンル表記からもわかる通り、ロックや電子音楽だけでなく、ラテン、フォーク、ワールド系の要素まで視野に入れた活動をしていた人物だといえる。

代表的な活動

  • La Ofrendaとして1972年から1979年までに5枚のアルバムを制作
  • 1982年にOfrendaを再結成し、マラカイボのTeatro De Bellas Artesで公演
  • 1989年、ベネズエラ交響楽団が「Oro Negro」をカラカスのTeatro Teresa Carreñoで演奏
  • 1989年にアルバム「Amazonia」をリリース
  • 「Viajando Con Polar」のために、ベネズエラの地理を扱う短編ドキュメンタリー向けの楽曲を制作
  • 映画「Adiós Alicia」「Se Llamaba SN」「Carmen La Que Contaba 16 Años」などの音楽を担当

スタジオ音楽家としての顔

Brennerは、スタジオ音楽家としても多くの仕事をしていた。ラジオジングル、テレビCM、選挙キャンペーンなどで、作曲と演奏を数多く手がけている。こうした活動を見ると、アルバム制作だけでなく、実用音楽の分野でも広く活動していたことがわかる。

まとめ

Vytas Brennerは、ベネズエラの伝統音楽、ラテンのリズム、プログレッシブ・ロック、電子音楽を組み合わせながら活動したミュージシャンだ。ソロ、バンド、映画音楽、放送や広告向けの音楽まで手がけていて、活動範囲はかなり広い。ベネズエラ音楽とロック、電子音楽の接点を探るうえで、押さえておきたい存在のひとりだと思う。

参考: https://en.wikipedia.org/wiki/Vytas_Brenner

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