Vinyl Record Reviews
Allen Toussaint(アレン・トゥーサン)は、1938年1月14日にルイジアナ州ニューオーリンズで生まれた、アメリカのプロデューサー、ソングライター、アレンジャー、セッション・ピアニスト、ソロ・アーティスト、レーベル運営者だ。2015年11月10日、ヨーロッパ・ツアー中のスペイン・マドリードで心臓発作のため77歳で亡くなった。
トゥーサンは1950年代後半からニューオーリンズの音楽業界で活動を始めた。Minit、Instant Records、Alonで作曲、編曲、ハウス・プロデューサーを務め、地元のレーベルと深く結びついた仕事を続けている。
初期の代表的な仕事としては、Jessie Hillの全米トップ5ヒットや、Ernie K-Doeの1961年の全米1位曲「Mother-In-Law」がある。この「Mother-In-Law」はトゥーサン自身の作曲によるものだ。
トゥーサンは、Irma Thomasの「Ruler Of My Heart」(1963年)、Lee Dorseyの「Working In A Coal Mine」(1966年)なども手がけた。ほかにもThe Meters、Dr. John、The Band、Elvis Costelloと仕事をしている。
また、母方の旧姓を使って別名義でクレジットされることもあった。
ウェブ検索で確認できる範囲では、トゥーサンは1970年代にも重要な仕事を続けている。1973年にはDr. Johnの「Right Place, Wrong Time」を、1975年にはLabelleの「Lady Marmalade」をプロデュース/作曲し、ニューオーリンズ産のソウルやR&Bを代表する楽曲群を生み出した。
この時期の仕事は、ニューオーリンズの音楽を外へ広げる役割も担っていた。
ジャンルとしてはBlues、Funk / Soulにまたがり、スタイルはFunk、Rhythm & Blues、Piano Bluesに分類されることが多い。セッション・ピアニストとしての経験があるため、鍵盤を軸にした編曲や、曲全体の流れを整える仕事に強みがあった。
派手な演奏だけを前面に出すタイプというより、歌とリズム隊、ホーン、ピアノの配置をきちんと組み立てて曲を成立させる仕事が目立つ。ニューオーリンズのリズム感とソウルの要素を、実務として数多くの録音に落とし込んだ人だ。
1963年にアメリカ軍へ入り、テキサス州フォート・フッドで服務したのち、1965年に除隊している。その後、Marshall E. SehornとSansu Enterprises Inc.を設立し、Sansu Recordsなどのレーベル運営に関わった。ここではLee Dorsey、Chris Kenner、Betty Harrisらの録音が行われた。
1970年代にはSehornとともにSea-Saint Studioで制作を進めた。1996年にはNYNO Recordsを立ち上げ、ニューオーリンズの人材を録音することを目的に活動した。1996年から1998年にかけて、ジャズ、ゴスペル、レゲエ、ブラス・バンド、R&Bなどの作品を15作リリースしている。
2005年、ハリケーン・カトリーナで自宅とスタジオを失い、ニューヨークへ避難した。そこで旧知のElvis Costelloと再会し、被災地支援のベネフィット公演を経て、2006年に共作アルバム『The River in Reverse』を制作している。
この作品には、トゥーサンの過去曲7曲の新録と、Costelloが被災直後の心情を歌った表題曲が収められている。カトリーナ後のニューオーリンズを考えるうえで、よく参照される一枚だ。
トゥーサンは、ヒット曲の作曲家としてだけでなく、ニューオーリンズの録音現場を長く支えたプロデューサーでもある。地元のレーベル、スタジオ、自主レーベル運営まで含めて関わり続けた点が大きい。
数百曲に及ぶ楽曲を手がけ、ニューオーリンズのソウル、R&B、ファンクの流れを形にした人物として、今も多くの録音で名前が残っている。