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Almendraは、1960年代後半のアルゼンチン・ブエノスアイレスで活動したロック・バンドだ。もともとは高校バンドの「Los Sbirros」と「Los Larkins」が合流する形で1967年に結成され、当初は「The Beatniks」と名乗っていた。メンバーはルイス・アルベルト・スピネッタ、エデルミロ・モリナリ、エミリオ・デル・ゲルシオ、ロドルフォ・ガルシアの4人で、スピネッタがボーカルと作詞を担った。
1967年の段階でバンドは形になっていたが、ロドルフォ・ガルシアの兵役で一度活動が止まる。その間にアルゼンチンでは、Los Gatosの「La Balsa」が大きなヒットになり、ロックの土台が広がっていく。スピネッタはこの時期に「Tema de Pototo」を書き、のちのバンドの代表曲につながっていく。
1968年になると、スピネッタがギターを購入して練習を重ね、サンティアゴ・ノボアは脱退する。バンド名もいくつかの変更を経て、最終的にAlmendraに落ち着いた。1968年には初のシングル「Tema de Pototo / El Mundo Entre las Manos」を発表し、ライブ活動も進めていく。
1969年には「Hoy Todo Hielo La Ciudad / Campos Verdes」「Tema de Pototo / Final」などを出し、同年にデビュー作『Almendra』を完成させた。続いて『Almendra II』を発表するが、メンバー間では音楽的な方向性の違いが目立つようになる。ロック・オペラ構想も進んだもののまとまらず、バンドは絶頂期に解散した。
Almendraのデビュー作『Almendra』(通称アルメンドラI、1969年発表)は、アルゼンチン・ロック史で重要な作品として扱われている。ロックとタンゴの要素を組み合わせ、バンドネオン的な響きやフォルクローレ、ジャズ寄りの語法、ビートルズ的なコーラスを重ねた作りが特徴とされる。こうした組み合わせは、後の「ロック・ナシオナル」の流れにつながっていく。
代表曲のひとつが「Muchacha (Ojos De Papel)」だ。スピネッタの初恋の相手への思いから生まれた曲で、1969年6月22日のライブで初披露され、その後アルバムに収録された。アルゼンチン・ロックを語るうえで外せない曲として扱われている。
ジャケットもスピネッタ自身がデザインしており、作品全体の印象を決める要素のひとつになっている。
ジャンル表記ではRockを中心に、Psychedelic Rock、Prog Rock、Folk Rock、Classic Rock、Baroque Popが挙がっている。実際の音源では、単純なギター・ロックだけでなく、アコースティックな要素や複数声のコーラス、変化のある曲展開が目立つ。
同時代の英米ロックの影響を受けつつ、アルゼンチンのタンゴやフォルクローレの感覚を取り込んでいる点がAlmendraの重要な部分だ。英語圏のロックをそのままなぞるのではなく、ブエノスアイレスの都市感覚や地域の音楽語法を混ぜていったグループとして見られている。
解散後、スピネッタはToraxを経てヨーロッパへ渡り、その後Pescado Rabiosoを結成する。モリナリはColor Humanoを始め、デル・ゲルシオとガルシアはAquelarreを組んだ。それぞれが別の形でアルゼンチン・ロックを進めていった。
Almendraは1979年に再結成され、ライブ活動を行ったのち、ライブ盤『Almendra en Obras I and II』や『Almendra En Vivo en Teatro del Globo』が出る。さらに1980年には3作目のスタジオ・アルバム『El Valle Interior』を発表したが、その後また解散している。2009年にはスピネッタの公演「Spinetta y las Bandas Eternas」で最後の再集結があった。
Almendraは、アルゼンチン・ロックの初期を形作ったバンドとして扱われることが多い。『Almendra』で示したロック、タンゴ、フォルクローレ、ジャズの混合は、その後のチャーリー・ガルシア、フィト・パエス、グスタボ・セラーティらの世代につながる出発点のひとつになっている。
活動期間そのものは長くないが、発表した作品とスピネッタの作曲、メンバーそれぞれのその後の活動が重なって、アルゼンチンのロック史ではかなり重要な位置に置かれている。