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Art Blakey & The Jazz Messengersは、ドラマーのアート・ブレイキーを中心にしたジャズ・グループだ。活動の起点は1953年頃のホレス・シルヴァーとの共同活動にあり、1950年代半ばには現在よく知られる形が固まっていったとされる。グループ名の「Jazz Messengers」はそれ以前からブレイキーが使っていたが、シルヴァーとの再始動で本格的に復活した。
初期編成にはアート・ブレイキー、ホレス・シルヴァー、ハンク・モブレー、ケニー・ドーハムが並んだが、このメンバーは長くは続かなかった。1956年末までには、オリジナル・メンバーとして残ったのはブレイキーだけになっている。
ジャズ・メッセンジャーズは、1950年代後半のハードバップを代表するグループとして知られている。プロフィール情報でも、1954年または1955年ごろを起点とする見方が多く、最初期の録音がその時期に出ている。
ブレイキーは1990年に亡くなるまでこのバンドを率いた。長い活動のなかで、メンバーは何度も入れ替わっている。検索情報でも触れられている通り、そうした入れ替わりは単なる人員変更ではなく、若いジャズ・ミュージシャンを育てる場として機能していた。
このグループの基本にあるのは、前に進む推進力の強いビートと、ビバップを拡張した演奏だ。ブルースの要素がはっきりしていて、ソウル・ジャズとハードバップの両方にまたがる名前で語られることが多い。
アート・ブレイキーのドラムは、バンド全体を押し出す役割が大きい。ホーン・セクションのフレーズが前に出る一方で、リズム隊が曲の芯をしっかり支える作りになっている。派手な装飾よりも、リズム、フレーズ、ブルース感の組み合わせが目立つ。
1958年の『Moanin'』は、このバンドを語るうえで外しにくい作品だ。ハードバップを代表するアルバムとして扱われることが多く、表題曲「Moanin'」もよく知られている。
この曲は、当時22歳だったピアニストのボビー・ティモンズが演奏の合間に弾いていた8小節のモチーフを、ベニー・ゴルソンが曲としてまとめるよう後押しした、という話が残っている。こうしたエピソードも、このバンドが現場の演奏から曲を育てていくタイプだったことを示している。
ジャズ・メッセンジャーズには、時期ごとに多くの演奏家が参加している。名前を挙げるだけでも、フレディ・ハバード、リー・モーガン、ウェイン・ショーター、ジャッキー・マクリーン、ベニー・ゴルソン、シダー・ウォルトン、チャック・マンジョーネ、ハンク・モブレー、カーティス・フラー、ビリー・ピアース、テレンス・ブランチャードなどがいる。
この一覧を見ると、同じバンド名のままでも、時代ごとに編成や音の輪郭が変わっていたことがわかる。若手の登竜門として機能していた点も、このグループの大きな特徴だ。
ジャズ・メッセンジャーズは、後にバンドリーダーとして活動するプレイヤーを多く送り出した。検索情報でも、ここを出発点にジャズ界を牽引する存在になったミュージシャンが多いことが確認できる。
そのため、単なる一つのバンドというより、ハードバップの演奏様式や人材の流れを支えた場として見られることが多い。1950年代のハードバップの型を示しながら、その後の世代につながる入口にもなっていた。
Art Blakey & The Jazz Messengersは、ハードバップの定番として名前が出るだけでなく、メンバーの入れ替わりを通じてジャズの人材を送り出し続けたグループだ。録音を追うと、同じバンド名でも時代ごとの演奏の違いが見えてくる。