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Can(カン)とは

カン(Can)は、1968年に西ドイツ・ケルンで結成された実験的ロック・バンドである。クラウトロック(Krautrock)を代表する最高峰のバンドであり、ロック、現代音楽、フリー・ジャズ、ファンク、民族音楽、電子音楽を高次元で解体・再構築し、後世のポスト・パンク、オルタナティヴ・ロック、アンビエント、テクノ、ヒップホップに至るポピュラー音楽の潮流を根本から変革した。

現代音楽の巨匠カールハインツ・シュトックハウゼンに師事したイルミン・シュミット(キーボード)とホルガー・シューカイ(ベース、テープ編集)、機械のように正確無比なパルスを刻み続ける天才ドラマーのヤキ・リーベツァイト、そして色彩豊かなギターを操るミヒャエル・カローリの4人を不動の核とし、ボーカリストとしてマルコム・ムーニー、次いでダモ鈴木を迎えて黄金期を築き上げた。

結成の背景とインナー・スペース・スタジオ

バンドは当初「Inner Space」と名乗って始動した。クラシックの指揮者や現代音楽家としてのキャリアを持っていたシュミットとシューカイが、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドやジミ・ヘンドリックスらのロック革命に衝撃を受け、フリー・ジャズの現場で名を馳せていたリーベツァイト、教え子であった若きギタリストのカローリを誘って結成した。

ケルン近郊のヴァイラースヴィストにあった古い映画館を自らの手で改装し、伝説のプライベート・スタジオ「インナー・スペース・スタジオ(Inner Space Studio)」を設立した。防音壁に古い軍用マットレスを敷き詰めたこの空間で、彼らは日夜数十時間に及ぶ集団即興演奏(ジャム)を繰り広げ、それを2トラック・オープンリール・テープに録音し続けた。

作曲と録音の革命:テープ・エディットの手法

カンの最大の特徴は、スタジオでの集団即興演奏をホルガー・シューカイがカミソリの刃で切り貼り(テープ・スプライシング)し、ひとつの楽曲として再構成する独自の制作手法にあった。

何時間にも及ぶ自由なジャムの中から最も輝かしい数分間や特定のグルーヴを抜き出し、ループさせ、別のテイクと結合させるこの編集技術は、後年のサンプリングやループ・ミュージック、ヒップホップ、現代のDAWによるトラック制作の発想を数十年前取りした先駆的偉業であった。

また、ヤキ・リーベツァイトが編み出した「半分人間、半分機械」と称されるミニマルで催眠的な反復リズム(モトリック・ビート)は、カンの音楽の強靭な骨格を形成した。

二人の異能ボーカリストと名盤の系譜

1968年、アメリカ人彫刻家のマルコム・ムーニーが加入し、呪術的で偏執的な語りと叫びをフィーチャーした1969年のデビュー・アルバム『Monster Movie』を発表した。20分を超える大作「Yoo Doo Right」など、荒々しく原始的なガレージ・ファンク/サイケデリック・ロックで衝撃を与えたが、精神的疲弊によりムーニーは帰国を余儀なくされた。

1970年、ミュンヘンの路上でバスキング(大道芸)をしていた日本人青年、ダモ鈴木(Damo Suzuki)をシューカイとリーベツァイトが発見し、その日の夜のライブにいきなり起用したことで第2章の幕が開いた。意味と言語の境界を融解させたダモ鈴木の即興的なヴォイス・パフォーマンスを迎え、バンドは歴史的絶頂期へ突入する。

1971年の2枚組大作『Tago Mago』は、ファンキーな推進力を持つ「Paperhouse」「Halleluwah」と、前衛的な具体音楽・音響ノイズを探求した「Aumgn」が共存するクラウトロック最大の金字塔である。1972年の『Ege Bamyasi』ではよりコンパクトかつ緻密なグルーヴを極め、「Vitamin C」やドイツでシングル・ヒットを記録した「Spoon」を生み出した。さらに1973年の『Future Days』では、光と水が揺らめくような浮遊感あふれるサウンドを展開し、アンビエント/プロト・ポスト・ロックの最高傑作として称賛された。

インストゥルメンタル期から解散、そして再結成

1973年末にダモ鈴木が脱退すると、バンドは外部ボーカリストを補充せず、メンバー自身が歌と演奏を分担するインストゥルメンタル主体の路線へとシフトした。民族音楽の語法を大胆に取り入れた『Soon Over Babaluma』(1974年)、メジャーの英ヴァージンと契約した『Landed』(1975年)、ディスコ/ファンクへのパロディ的アプローチを試みたシングル「I Want More」が全英トップ30に入るヒットとなった『Flow Motion』(1976年)などを発表した。

後期には元トラフィックのロスコ・ジー(ベース)とレボップ・クワク・バー(パーカッション)が合流し、シューカイはベースを譲ってラジオや短波受信機、サウンド・エフェクトによる空間音響の創出に専念した。1979年に正式解散した後は、各自が先駆的なソロ活動を展開した。

1986年にはオリジナル・ボーカリストのマルコム・ムーニーを迎えて主要メンバーが集結し、1989年に再結成アルバム『Rite Time』を発表した。また2012年には、未発表スタジオ音源を集成した3枚組のアーカイヴ作品『The Lost Tapes』がリリースされ、世界中で再び大きな話題を呼んだ。

後世への巨大な影響と不滅のレガシー

カンが遺した音楽性は、ロックの枠組みを根底から解体し、パンク以降のすべての革新的な音楽運動の指針となった。パブリック・イメージ・リミテッド(ジョン・ライドン)、ザ・フォール(マーク・E・スミスは「I Am Damo Suzuki」という楽曲を捧げた)、ジョイ・ディヴィジョン、ワイヤー、トーキング・ヘッズ、そしてデヴィッド・ボウイとブライアン・イーノによる「ベルリン三部作」に直接的な決定打を与えた。

さらに1990年代以降も、レディオヘッド(トム・ヨークとジョニー・グリーンウッドは『Kid A』制作時にカンの影響を公言)、ソニック・ユース、ステレオラブ、ペイヴメント、LCDサウンドシステム、そしてカンの名曲からバンド名を冠したスプーン(Spoon)など、無数のオルタナティヴ・ロック・バンドにインスピレーションを与え続けている。

即興演奏の自由、反復ビートの陶酔、そして音響編集の先見性を一身に体現したカンの作品群は、20世紀の音楽が生み出した最も豊穣な果実の一つとして、今なお無限の生命力を放ち続けている。

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