Credo , Raimonds Pauls Gunārs Krollis

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Credo , Raimonds Pauls Gunārs Krollis

Credo / Raimonds Pauls / Gunārs Krollis

Credoは、1974年にラトビアのリエパーヤで同級生たちを中心に結成されたバンドだ。ジャンル表記はRock、Folk、World、& Countryで、スタイルとしてはPop Rock、Prog Rockが挙がっている。

70年代を通じてライブ活動を重ね、1979年にはリエパーヤで開催された「ソビエト・ポピュラー音楽フェスティバル」で優勝している。同年、ヴォーカリストのグンティス・ヴェイツが加入し、ラトビアを代表する作曲家ライモンズ・パウルスとの共同作業が始まった。

70年代から80年代初頭までの活動

80年代初頭のCredoは、ラトビアでかなり人気の高いツアー・バンドとして動いていた。リガだけでなく、ヴェンツピルス、ダウガフピルス、レーゼクネ、リエパーヤでも公演を行っていて、深夜からチケットを求める行列ができたという記録が残っている。

この時期の活動を見ると、スタジオ作品だけでなく、ライブを軸に支持を広げていったバンドだったことがわかる。地元の複数都市を回る動きも含めて、当時のラトビアのポップロック・シーンで存在感を持っていた。

ライモンズ・パウルスとの共同作業

Credoの活動で重要なのが、ライモンズ・パウルスとの共同作業だ。1985年には、パウルスとグナールス・クロリスとともに、広島と長崎への原爆投下の犠牲者を追悼する組曲「Melnais kliedziens(黒い叫び)」を制作している。

この作品は、翌1986年にCredoのメンバーによる楽曲と合わせてアルバム『Baltais ceļš』としてリリースされた。バンドの楽曲と組曲を同じ作品集にまとめた構成になっている。

活動休止と再結成

その後、バンドはいったん活動を休止した。1997年にはベスト盤『Labākās dziesmas』の発表をきっかけに、クラシック期のメンバーで再結成している。

再結成後は「Liepājas dzintars '97」フェスティバルで公演を行い、その後ツアーも実施した。70年代から80年代にかけての活動を土台に、90年代後半にも再びライブの場に戻ってきた形だ。

音楽的な特徴

登録されているスタイルはPop RockとProg Rockで、そこにRock、Folk、World、& Countryの要素が重なっている。実際の活動歴を見ても、ライブ中心のバンドとしての動きと、ライモンズ・パウルスとの共同作業のような作曲面での広がりが並んでいる。

メンバーにはEdgars Silacērps、Aldis Langbaums、Armands Alksnis、Guntis Veits、Valdis Skujiņš、Eduards Glotovs、Artūrs Palkēvičs、Gundars Lintiņš、Raivis Krūms、Aivars Vīksnaが名を連ねている。少なくともこの情報からは、複数のメンバーを抱えながら、時期ごとに編成を変えつつ活動してきたバンドとして見えてくる。

Credoの位置づけ

Credoは、ラトビアのローカルなライブ文化の中で存在感を持ち、さらにライモンズ・パウルスとの共同作業を通じて、ポップロック・バンドとしての枠を越えた作品も残している。70年代後半のフェスティバル優勝、80年代初頭のツアー人気、1980年代半ばの『Baltais ceļš』、1990年代後半の再結成と、活動の節目がはっきりしているバンドだ。

国際的な詳細情報は多くないが、ラトビアの音楽史をたどるうえでは、ライブ動員力と作曲家との協働の両面で見ておきたい名前になっている。

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