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Dom Um Romão(ドン・ウン・ホマン)は、1925年8月3日にブラジルのリオデジャネイロで生まれ、2005年7月27日に同地で亡くなったジャズ・ドラマー、パーカッショニスト、作曲家だ。ジャンルはジャズとラテンにまたがり、スタイルとしてはジャズ・ファンク、ラテン・ジャズ、ボサノヴァ、バツカーダに関わる。
ブラジル音楽の現場から出発し、ジャズやフュージョンの領域へ活動を広げた人物として知られている。ドラマーだった父Joaquim Romãoのもとに生まれ、1940年代末にはリオデジャネイロのキャバレーやダンスバンドでプロ活動を始めた。
若い頃のDom Um Romãoは、リオのライブやダンスの現場で経験を積み、ラジオ局Rádio Tupiでもさまざまな歌手の伴奏を務めていた。1950年代末には、コパカバーナの「ベコ・ダス・ガラファス」を拠点に活動するグループ、Copa Trioを結成している。
この時期の活動は、ブラジルの都市部で発展した演奏スタイルと強く結びついている。サンバ、ボサノヴァ、ラテン系のリズムを現場で扱いながら、ドラマーとしての役割を広げていった。
彼の名が音楽史に残る大きなきっかけになったのが、1958年のElizeth Cardosoによるアルバム『Canção do Amor Demais』への参加だ。この作品はTom Jobimの作曲、João Gilbertoのギターを含む録音で、ボサノヴァの原点として扱われることが多い。
この録音にはDom Um RomãoがドラマーのJuquinhaとともに参加している。João Gilbertoも、ボサノヴァやサンバ・ジャズ特有のビートの考案者の一人としてDom Um Romãoの名を挙げていたとされる。
1960年代にはSergio Mendesのジャズ・アンサンブルに参加し、その後も共演を続けた。ブラジル音楽のリズムを土台にしながら、ジャズの編成や演奏環境に入っていった流れが見える。
その後は活動の場をさらに広げ、Tom Jobim、Jorge Ben、João Donatoといったブラジル音楽家たちとも共演している。ブラジルの作曲家やアレンジャーと、演奏面で深く関わっていたことがうかがえる。
1971年から1974年までは、Weather Reportのメンバーとして活動した。ここではパーカッション奏者Airto Moreiraの後任として加入している。
参加作品としては、ライブ盤『I Sing the Body Electric』、スタジオ盤『Sweetnighter』『Mysterious Traveller』が挙げられる。来日公演にも参加しており、ブラジル由来のリズム感をフュージョンの文脈に持ち込んだ時期として整理できる。
リーダー作はMuse Records、Pablo Records、JSRから発表している。演奏者としてだけでなく、バンドリーダーや作曲家としても作品を残した。
共演歴には、Cannonball Adderley、Tony Bennett、Ron Carter、Astrud Gilberto、Antonio Carlos Jobim、McCoy Tyner、Sergio Mendes、Robert Palmer、Ithamara Koorax、Frank Sinatra、Stanley Turrentineなどが並ぶ。ジャズ、ボサノヴァ、ポップスの境目をまたぐ現場で演奏していたことがわかる。
Dom Um Romãoの軸にあるのは、ブラジルの打楽器的な感覚とジャズの演奏語法だ。バツカーダやサンバ系のリズムを背景にしながら、ラテン・ジャズやジャズ・ファンクの場面でも機能するプレイを残している。
特に、ボサノヴァ初期の録音に関わったこと、そしてWeather Reportでフュージョンの中に入ったことは重要だ。ブラジル音楽とジャズ・フュージョンをつなぐ演奏家として扱われることが多い。