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Enzo Jannacci(エンツォ・ヤンナッチ)は、1935年にミラノで生まれ、2013年に同地で亡くなったイタリアのシンガーソングライター、俳優、コメディアン、そして循環器内科医だ。音楽、演劇、映画、医療をまたいで活動した人物として知られている。
ミラノ音楽院でピアノと作曲を学んだ後、1950年代半ばにはジャズやロックンロールに関心を寄せ、バンド「Rocky Mountains」でキーボードを担当して音楽活動を始めた。ここでの経験が、後の作曲や歌唱スタイルの土台になっていく。
その後の活動で重要なのが、Giorgio Gaberとの出会いだ。二人はデュオ「I Due Corsari」を結成し、以後40年以上にわたって交流と共同作業を続けた。Jannacciは、Gaber、Adriano Celentano、Luigi Tencoらと並んで、イタリアのロックンロールやシンガーソングライター文化の初期を支えた存在として扱われている。
ジャンル表記ではPop、Folk、World、& Country、Latinが挙がっていて、スタイルはChansonに分類されている。実際の作品では、歌ものとしての分かりやすさと、言葉を前に出した作りが目立つ。
代表曲のひとつ「Vengo anch'io. No, tu no」は1968年のアルバム収録曲で、イタリアのヒットチャートで1位を獲得した。「Ho visto un re」は劇作家Dario Foとの共作で、政治風刺の要素が強い作品として知られている。こうした曲を見ると、Jannacciは単にメロディを聴かせるだけでなく、歌詞の内容や社会性も前面に出すタイプの作家だったことが分かる。
Jannacciは歌手としてだけでなく、俳優やコメディアンとしても活動していた。関連サイトにIMDbや映画クレジットの情報がある通り、音楽以外の分野にも仕事の場を広げていた。イタリアの大衆文化の中で、歌と演技を行き来する立ち位置にいた人物として見ておくと整理しやすい。
もうひとつの重要な軸が医師としてのキャリアだ。Jannacciは循環器内科医であり、南アフリカに渡ってChristiaan Barnardのチームに参加した経歴もある。世界初の心臓移植で知られる現場に関わりながら、医療の道も続けていた。
音楽活動と医療の仕事を並行していた点は、彼の経歴を語るうえで欠かせない。ステージに立つ一方で病院にも関わり続けた、かなり珍しいタイプのアーティストだ。
Enzo Jannacciは、戦後イタリアのポピュラー音楽が形を作っていく時期に重要な役割を担った。ロックンロール、カンタウトーレ、シャンソン的な語り口、風刺性のある歌詞をまたいで活動したことで、後のイタリアの歌うたい文化にも影響を残している。
作品を追うと、音楽だけでなく、当時のイタリア社会や都市ミラノの空気も見えてくる。歌、演劇、映画、医療という複数の現場を行き来した人物として、Jannacciの名前は今も参照され続けている。