Eric Dolphy

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Eric Dolphy

Eric Dolphyについて

Eric Dolphyは、1928年6月20日にアメリカ・カリフォルニア州ロサンゼルスで生まれたジャズ・アルトサックス奏者、フルート奏者、バスクラリネット奏者だ。1964年6月29日に西ベルリンで36歳で亡くなっている。

ジャズの中では、Post Bop、Hard Bop、Modal、Free Jazzの文脈で語られることが多い。演奏楽器はアルトサックス、フルート、バスクラリネットで、特にバスクラリネットを即興ソロの楽器として押し広げた人物として知られている。

活動のはじまりとニューヨークでの展開

Dolphyの初期録音は1940年代末の西海岸で残されている。その後、しばらくは広く注目されるまでに時間がかかったが、1958年にニューヨークへ拠点を移してから活動の幅が広がった。しばらくのあいだはCharles Mingusと同居していた時期もあったとされる。

ニューヨークでは、John Coltraneの演奏と並んで語られることが多い。特にVillage Vanguardでのレジデンシーでは、Coltraneとの共演が記録されている。また、Charles Mingusとの録音や、トランペッターのBooker Littleとの共同セッションも重要だ。1961年7月には、ニューヨークのFive Spotで行われた共同リーダーのセッションがあり、これは彼の契約を締めくくる意図もあったという。

『Out to Lunch!』とBlue Noteでの録音

代表作としてよく挙げられるのが、1964年2月25日に録音された『Out to Lunch!』だ。編成はFreddie Hubbard(トランペット)、Bobby Hutcherson(ヴァイブラフォン)、Richard Davis(ベース)、Tony Williams(ドラム)を含むクインテットで、DolphyのBlue Noteでの唯一のリーダー作になっている。

この作品は、ビバップにもフリー・ブロウイングにも完全には寄らない作りで、録音当時は評価が分かれた。ただ、現在ではアヴァンギャルド・ジャズの重要作として扱われることが多い。Dolphy自身は、このアルバムの発売を生きて聴くことはなかった。

音楽的特徴

Dolphyの演奏では、アルトサックス、フルート、バスクラリネットそれぞれで音の置き方やフレーズの運び方がはっきりしている。特にバスクラリネットは、それまで伴奏や特殊な色付けとして扱われることが多かったが、Dolphyは即興の前面に置いて使っている。

彼の録音は、ハード・バップの流れにありながら、モーダルな進行や自由度の高いフレージングも含んでいる。John Coltrane、Charles Mingus、Booker Littleとの仕事では、その場の相互作用を重視した演奏が残されている。

晩年と死

1964年の夏、Dolphyはヨーロッパで演奏していた。アメリカでは十分な仕事を得にくい状況があり、婚約者でクラシック訓練を受けたダンサーのJoyce Mordecaiがパリにいたことも、滞欧の背景にあったようだ。

6月27日、ベルリンのジャズクラブThe Tangentのオープニングで、ピアニストKarl Berger率いるトリオと共演する予定だったが、ステージ上で倒れて糖尿病性昏睡に陥った。搬送先では、黒人ジャズ・ミュージシャンだったことから薬物中毒者だと誤認され、血糖値の検査が行われないまま通常の過剰摂取患者向けの処置が施されたとされる。実際には、Dolphyは酒も飲まず、薬物にも一貫して否定的な立場を取っていたという。6月29日、彼は36歳で亡くなった。

残した影響

Dolphyの死は、多くのジャズ・ミュージシャンに強い衝撃を与えた。Charles Mingusは、彼について「誰かを傷つけたという記憶が一つもない」と語っている。John Coltraneも、彼を知ったことで自分の人生がより良いものになったと追悼している。

短い生涯だったが、Dolphyはアルトサックス、フルート、バスクラリネットの使い方を広げ、特にバスクラリネットを即興ソロの楽器として定着させる方向に大きく寄与した。録音は多くないが、Coltrane、Mingus、Booker Littleとの共演、そして『Out to Lunch!』は、彼の活動をたどるうえで外せないものになっている。

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