Folk Crusaders

Vinyl Record Reviews

Folk Crusaders

ザ・フォーク・クルセダーズとは

Folk Crusaders(ザ・フォーク・クルセダーズ)は、日本のロック、ポップ、フォークの流れの中で重要な位置を占めるグループだ。活動期間は長くないが、後の日本の音楽シーンに残した影響は大きい。メンバーには加藤和彦、北山修、はしだのりひこを中心に、平沼義男、芦田雅喜らの名前が並ぶ。

プロフィールでは短命ながら影響力のある日本のフォーク・ポップ・ロック・バンドとされていて、実際にメンバー全員がその後、日本の芸能界で長く活動した。

結成の経緯

活動の出発点は1965年。加藤和彦が音楽雑誌の読者欄でメンバーを募り、京都の医大生だった北山修らが加わって、アマチュア・グループとして結成された。

この時点ではまだ本格的な商業活動を前提にしたバンドではなく、仲間内の延長に近い形で始まっている。その後の展開はかなり急で、のちに日本のポップス史で語られる曲を次々と生み出していくことになる。

「帰って来たヨッパライ」の大ヒット

1967年、いったんの解散を記念して自主制作したLP『ハレンチ』に収録された「帰って来たヨッパライ」が大きな反響を呼んだ。わずか300枚の制作だったこのLPの収録曲が、京都や神戸の深夜ラジオで広まり、急きょシングルカットされると130万枚を超えるヒットになった。

この曲の特徴は、高速回転で吹き込んだ甲高いコミカルなボーカルにある。内容も形式も当時としてはかなり変わっていて、話題性だけで終わらず、その後の日本のアングラ・フォークやフォークソング・ムーブメントの流れに影響を与えたとされている。

この予想外のヒットを受けて、加藤和彦と北山修は解散を撤回し、アマチュア仲間だったはしだのりひこを新たに迎えて活動を再開した。

「イムジン河」をめぐる出来事

もう一つの代表曲が「イムジン河」だ。北朝鮮生まれのこの曲を、友人の松山猛が京都の朝鮮学校で耳にして日本語詞に訳したものが、ザ・フォーク・クルセダーズのレパートリーになった。発売前からライブで歌われ、人気も集めていた。

ただ、1968年2月の発売直前に朝鮮総連から抗議が入り、東芝音楽工業が政治的配慮から発売中止と回収を決めた。いわゆる「幻のシングル」として長く扱われ、オリジナル音源によるシングルCDが出たのは発売中止から34年後の2002年だった。

音楽的な特徴

ザ・フォーク・クルセダーズの音楽は、フォークを土台にしながら、ポップスやロックの要素、さらに新奇性のある作りを取り込んでいる。ジャンル表記としては Rock、Pop、Folk、World、& Country が並び、スタイルには Pop Rock、Folk Rock、Novelty が挙げられている。

実際の代表曲を見ても、「帰って来たヨッパライ」のような遊びの強い曲と、「悲しくてやりきれない」のようなメロディ重視の曲、「イムジン河」のように社会的な背景を持つ曲が並ぶ。曲ごとの性格がかなり違うのが、このグループの面白いところだ。

解散後の歩み

バンドは1968年、「悲しくてやりきれない」のヒットを最後に解散した。その後、加藤和彦をはじめとするメンバーは、それぞれ日本の音楽や芸能の分野で長く活動を続けた。

短い活動期間の中で、大きなヒット曲と話題性の高い出来事を残し、その後のメンバーの長いキャリアにもつながっていったグループとして、今も名前が挙がることが多い。

聴くときのポイント

  • 「帰って来たヨッパライ」は、当時の録音手法とユーモアの使い方に注目したい曲だ。
  • 「イムジン河」は、曲の背景と発売中止の経緯まで含めて知ると印象が変わる。
  • 「悲しくてやりきれない」は、バンドの代表曲として現在もよく知られている。
  • フォークだけでなく、ポップスやロックの要素が混ざっている点も聴きどころだ。
toast