ザ・フォーク・クルセダーズ - 紀元貮阡年 (With The Folk Crusaders) (1968)
ザ・フォーク・クルセダーズ『紀元貮阡年』──短い活動期間に刻まれた、日本のポップ史の要点
ザ・フォーク・クルセダーズは、1960年代後半の日本で短期間だけ活動しながら、その後の音楽シーンに強い影響を残したグループである。本作『紀元貮阡年』(1968年)は、彼らの唯一の本格的なオリジナル・アルバムとして知られている。デビュー曲「帰って来たヨッパライ」の大ヒットで広く名前を知られた直後に作られた作品で、フォーク、ポップ、ユーモア、風刺、少しの不穏さまでを一枚に収めた内容になっている。
ここで取り上げるのは、1983年に日本で出たExpress盤(ETP-40163)。オリジナルの1968年盤から15年ほど後の再発で、ゲートフォールド仕様のスリーブに6ページのカラー挿入物が貼り込まれ、帯とサインカードも付く構成になっている。作品そのものは1968年の空気を強く持ちながら、1980年代の再発盤としては当時の資料性も高いパッケージだ。
アルバムの位置づけ
『紀元貮阡年』は、単なるヒット曲集ではなく、曲順も含めて一つの流れを作るアルバムとして扱われてきた。日本の大衆音楽において、まだアルバム単位の構成が今ほど重視されていなかった時期に、通しで聴くことを前提にした作りが見える。収録曲はどれも短めで、ひとつひとつのアイデアが明確だが、並べて聴くと、軽さと緊張感が交互に出入りする。
グループの中心にいた加藤和彦をはじめ、橋本淳ではなく北山修、坂崎幸之助ではなく端田宣彦といった面々が、それぞれの持ち味を出しながら進んでいく。後年の日本のフォークやロックに見られる、シリアスさと遊び心の同居は、この時点でかなり具体的に形になっている。
収録曲の流れと聴きどころ
A面の冒頭「紀元貮阡年」は、アルバム全体の入口として機能する曲で、題名からして既に時代感覚をずらしてくる。続く「帰って来たヨッパライ」は、彼らの代表曲として外せない一曲。高速のテープ操作を使った独特の歌唱処理で知られ、当時の日本のシングル市場で強い反応を起こした。コミカルな仕掛けが先に立つが、単なるギャグ曲に収まらず、言葉の運びと音の編集が強く印象に残る。
「悲しくてやりきれない」は、このアルバムの中でも特に長く聴かれてきた曲だ。派手な仕掛けを前面に出した曲のあとに置かれることで、感情の温度がぐっと下がる。発売中止になった「イムジン河」をめぐる経緯の後に生まれた曲としても知られ、メロディと詞の間にある距離が大きい。フォーク・ソングの素朴さだけでなく、当時の社会空気まで含んだ重さがある。
「水虫の唄」は、ユーモアと生活感が前に出た曲で、当時としてはかなり変わった題材を扱っている。「ドゥルクーラ(ドラキュラ)の恋」や「オブルガイ」など、タイトルからして一筋縄ではいかない曲も並び、アルバム全体に軽妙なひねりが続く。「さすらいのヨッパライ」は、デビュー曲の延長線上にある発想で、グループのセルフパロディ的な感覚が見える。「レディ・ジェーンの伝説」や「こぶのないラクダ」も含め、詞先行のアイデアと、曲としてのまとまりが同時に成立している。
B面も流れは崩れない。「花のかおりに」では柔らかい旋律が前に出て、「何のために」では少し視点が引き締まる。全体を通すと、笑い、違和感、感傷が順番に現れては消える構成で、単発の名曲だけでなく、一枚のアルバムとしての手触りがはっきりしている。
当時の文脈と後年の評価
1968年という年は、日本のポップスが大きく変わり始めた時期でもある。フォークの素朴さ、洋楽由来のロック感覚、テレビやラジオを通じた大衆性が、まだ完全には整理されていない。その中でザ・フォーク・クルセダーズは、笑いの感覚を持ちながら、曲作りそのものではかなり先を行っていた。クレイジー・キャッツ的なユーモア、グループ・サウンズ以後のポップ感覚、そしてフォークの言葉の強さが同じ盤面に乗っている。
このアルバムが後年まで語られるのは、代表曲の強さだけではない。短命なグループだったからこそ、ここに残った曲群がそのまま活動の総決算のように見える。のちに加藤和彦、北山修、端田宣彦らがそれぞれ長いキャリアを歩み、作曲家、作詞家、タレント、文化人として日本のショウビズに関わっていく流れを思うと、本作は出発点というより、最初の到達点に近い位置にある。
1983年盤について
1983年のExpress盤は、1968年オリジナルの内容を伝える再発盤としての性格が強い。作品の核はそのままに、当時の再発仕様として装丁の情報量が増しているのが特徴だ。ゲートフォールド、カラー挿入物、帯、サインカードといった要素は、単なる音源の再流通ではなく、1960年代末の日本ポップ史をパッケージごと保存するような役割を持っている。
『紀元貮阡年』は、ヒット曲の記録であると同時に、短い活動期間の中で何を作れるかを試したアルバムでもある。軽さと緊張感、風刺と感傷、実験と親しみやすさ。その並び方が、今もはっきり残る一枚だ。
トラックリスト
- A1 紀元貮阡年 = 2,000 A.D. Break Down 1:37
- A2 帰って来たヨッパライ = I Only Live Twice 3:20
- A3 悲しくてやりきれない = Unbearably Sad 3:04
- A4 ドラキュラの恋 = Dracula Fell In Love 2:15
- A5 水虫の唄 = I'm Happy Just To Be With You 2:48
- A6 オーブル街 = Rue Auble 2:08
- B1 さすらいのヨッパライ = From West With Love 3:01
- B2 花のかおりに = Flowers In Lover's Hair 3:00
- B3 山羊さんゆうびん 2:24
- B4 レディー・ジェーンの伝説 = The Legend Of Lady Jane 3:00
- B5 コブのない駱駝 = Magical Mystery Camel 3:14
- B6 何のために = What For 3:04