Gary Numan

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Gary Numan

Gary Numanとは

Gary Numanは、イングランド・ロンドンのハマースミス出身のアーティストで、Electronic、Rockを軸に、New WaveやSynth-popの文脈で語られることが多い。1958年3月8日生まれ。活動初期はパンク・ロックからスタートし、その後シンセサイザーを前面に出したサウンドへ移っていった。

活動初期とTubeway Army

1977年にパンク・ロッカーとして音楽活動を始め、Mean Streetに参加したあと、同年に脱退。その後、Melody Makerの募集広告をきっかけにPaul Gardinerと出会い、Tubeway Armyを結成した。叔父のJess Lidyardがドラムを担当している。

1978年にはBeggars Banquetと契約し、パンク色のあるシングルを発表している。この時点ではまだパンクの流れの中にいたが、スタジオで偶然見つけたMinimoogが、以後の方向性を決めるきっかけになった。

シンセポップへの転換とブレイク

スタジオに置き忘れられていたミニムーグをきっかけに、Gary Numanはシンセサイザー主体のサウンドへ舵を切った。ここからの展開がかなり重要で、1979年にはTubeway Army名義の「Are 'Friends' Electric?」が全英シングルチャート1位を獲得し、4週連続で首位を記録した。同曲を収めたアルバム『Replicas』も全英1位になっている。

同じ1979年にはソロ名義の「Cars」も発表し、こちらも全英1位、さらに全米トップ10入りを果たした。ベースギターで作曲されたとされるこの曲は、彼の代表曲として長く知られていて、後年もチャートに再浮上している。

音楽的特徴

Gary Numanの音楽は、冷たい質感のあるシンセサウンド、機械的なリズム、ロック由来の押しの強さが組み合わさっている。パンクから出発しながら、ギター中心のバンド・サウンドに留まらず、シンセサイザーを中心に据えた点が大きい。

New WaveやSynth-popの初期を語るときに名前が挙がることが多く、ポップなメロディと電子音の組み合わせを早い段階で広く知らしめた存在として扱われている。

その後の活動と再評価

1980年代半ば以降は人気が落ち着いた時期もあったが、1994年のアルバム『Sacrifice』を機に再評価が進んだ。以後も活動を続け、現在も現役の電子音楽アーティストとして作品を発表している。

音楽活動の継続に加えて、1980年にはパイロット免許を取得し、1981年には自ら操縦する小型機で世界一周飛行を達成している。2005年には同僚の事故死をきっかけに操縦から退いたとされる。

影響を受けた側・与えた側

Gary Numanの未来的で硬質なシンセサウンドは、Nine Inch NailsのTrent Reznor、Marilyn Manson、Fear Factoryなど、インダストリアルやエレクトロニック系のアーティストに影響を与えたことで知られている。

また、本人はアスペルガー症候群であることを公にしており、対人関係の難しさを語りつつ、その特性が音楽への集中や独自の視点につながったと受け止めている。

主要な関連情報

Gary Numanは、パンクからシンセポップへ移っただけでなく、その転換をメインストリームに押し広げたアーティストとして見ておくと、活動の流れがつかみやすい。代表曲「Cars」や「Are 'Friends' Electric?」から入ると、彼の音作りの変化も追いやすい。

ジャンル・スタイル

Electronic Rock New Wave Synth-pop
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