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ハービー・ハンコック(Herbie Hancock、1940年4月12日 - )は、アメリカ・イリノイ州シカゴ出身の伝説的ジャズ・ピアニスト、キーボーディスト、作曲家、バンドリーダーである。ハード・バップ、モード・ジャズ、ジャズ・ファンク、フュージョン、エレクトロ、ヒップホップに至るまで、半世紀以上にわたり常に音楽の最先端を開拓し続けた20世紀および21世紀最大の音楽イノベーターの一人である。
クラシックの神童として培った完璧な演奏技術と、和声の可能性を拡張した卓越した作曲センス、そして最新テクノロジーや異ジャンルへの飽くなき好奇心を併せ持ち、通算14度のグラミー賞受賞に加え、アカデミー賞作曲賞を受賞するなど、ポピュラー音楽と芸術音楽の双方において頂点を極めた。
幼少期よりクラシック・ピアノを学び、11歳の時にシカゴ交響楽団と共演してモーツァルトのピアノ協奏曲を演奏するなど、早くから神童として名を馳せた。高校時代にジャズへ傾倒し、グリネル大学で電気工学と音楽を専攻した経歴は、後のシンセサイザーや電子楽器の先駆的探求の重要な土台となった。
トランペッターのドナルド・バードに見出されて名門ブルーノート・レコードと契約し、1962年にリーダー作『Takin' Off』で鮮烈なデビューを果たした。同作に収録されたファンキー・ジャズの名曲「Watermelon Man」は、モンゴ・サンタマリアによるカバーが全米ポップ・チャートでトップ10入りを果たすなど大ヒットを記録した。
その後も『Empyrean Isles』(1964年、「Cantaloupe Island」収録)や、ジャズ史上の最高傑作と名高い『Maiden Voyage(処女航海)』(1965年、「Dolphin Dance」収録)、『Speak Like a Child』(1968年)など不朽の名盤を連発し、ポスト・バップを代表する最高峰のコンポーザーとしての評価を固めた。また、1966年にはミケランジェロ・アントニオーニ監督のカルト映画『欲望(Blow-Up)』の劇伴音楽を手掛け、映像音楽作家としても脚光を浴びた。
1963年、マイルス・デイヴィスに招聘され、ウェイン・ショーター(サックス)、ロン・カーター(ベース)、トニー・ウィリアムス(ドラムス)とともに「第2期黄金クインテット」を結成した。この歴史的リズム・セクションにおいて、ハンコックは従来のバッキングの定型を解体し、変幻自在のポリリズムとモーダルな和声進行でジャズのインタープレイを極限まで押し広げた。
マイルスの先見性に導かれてフェンダー・ローズ(エレクトリック・ピアノ)を導入し、『Miles in the Sky』や『In a Silent Way』『Bitches Brew』といったジャズ・ロック/エレクトリック・ジャズの幕開けを告げる記念碑的作品群に決定的な役割を果たした。
マイルス・グループ離脱後、スワヒリ語の別名を冠した6人編成のバンド「ムワンディシ(Mwandishi)」を結成し、『Crossings』(1972年)や『Sextant』(1973年)を発表した。ARP 2600をはじめとする初期のアナログ・シンセサイザーやエコープレックスを駆使し、スペーシーで前衛的な音響空間を探求した。
続いて1973年、スライ&ザ・ファミリー・ストーンやジェームス・ブラウンのヘヴィ・ファンクに直結する骨太なダンス・グルーヴを導入し、新バンド「ヘッドハンターズ(The Headhunters)」を結成した。ベニー・モウピン、ポール・ジャクソン、ハーヴィー・メイソン、ビル・サマーズらと録音したアルバム『Head Hunters』(1973年)は、ジャズのアルバムとして史上初めてプラチナ・ディスク(全米100万枚以上のセールス)に認定される歴史的快挙を成し遂げた。ファンク・クラシック「Chameleon」やビヤ樽を吹くイントロで再構築された「Watermelon Man」は、ジャズとブラック・ポピュラー音楽の境界を完全に消し去った。
1980年代に入ってもハンコックの革新性は加速を続けた。1983年、ビル・ラズウェルとマイケル・バインホーン(マテリアル)をプロデューサーに迎え、ターンテーブル奏者グランドミキサー・D.STをフィーチャーしたアルバム『Future Shock』を発表した。
先行シングル「Rockit」は、エレクトロ・ファンクの重厚なビートに世界で初めてスクラッチ(ターンテーブリズム)を大々的にフィーチャーした楽曲であり、世界的なメガヒットを記録した。ゴドレイ&クレームが監督した不気味な動くマネキンのミュージック・ビデオはMTVでヘビーローテーションされ、第1回MTV Video Music Awardsで5部門を受賞した。1984年のグラミー賞授賞式でのロボットを配した圧巻のライブ・パフォーマンスは、世界中の若者たちにブレイクダンスとDJカルチャーを決定的に浸透させる契機となった。
映画音楽の分野でも偉大な功績を残し、ベルトラン・タヴェルニエ監督の映画『ラウンド・ミッドナイト』(1986年)ではアカデミー賞作曲賞を受賞した。同時にアコースティック・ジャズの探求も決して怠ることなく、V.S.O.P.クインテットでの活動や、ウェイン・ショーターとのデュオ作『1+1』など至高のアンサンブルを披露し続けた。
2007年には長年の盟友ジョニ・ミッチェルの楽曲を再解釈したアルバム『River: The Joni Letters』を発表し、2008年の第50回グラミー賞において最優秀アルバム賞(Album of the Year)を受賞した。ジャズ作品が同賞を獲得したのは、1965年の『Getz/Gilberto』以来、実に43年ぶり史上2度目の快挙であった。
ユネスコ親善大使として毎年4月30日の「国際ジャズ・デイ」を創設するなど、音楽を通じた平和と異文化対話の推進にも尽力している。伝統的なアコースティック・ピアノの深いリリシズムと、シンセサイザーやコンピューターによる未来派的音響構築を自由に行き来するハービー・ハンコックの音楽的宇宙は、現代音楽のあらゆるジャンルに計り知れないインスピレーションを与え続けている。