Vinyl Record Reviews
Hiroshi Sato(佐藤博)は、1947年6月3日生まれ、鹿児島県知覧町出身のキーボード奏者、作曲家、編曲家、プロデューサーだ。2012年10月24日に亡くなっている。電子音楽、ポップ、ファンク/ソウルを軸に、シンセポップ、ソウル、ディスコ、ヴォーカル、バラード、コンテンポラリーR&B、シティ・ポップの領域で活動した。
佐藤博は、鹿児島県知覧町の真宗大谷派の寺に生まれ、2歳のときに家族と京都へ移った。将来は寺を継ぐことを期待される環境にあったが、中学時代にギターと出会ったことが転機になり、音楽を志すようになったという。
その後はベースやドラムを独学で身につけ、高校時代には自宅で多重録音に取り組んでいた。ピアノを本格的に習い始めたのは20歳になってからで、演奏技術を独学で広げていった経歴が特徴的だ。
1970年ごろ、大阪でジャズ・コンボのピアニストとしてプロ活動を始めた。1972年以降は京都でブルースやフォーク系ミュージシャンのセッションに参加している。
1974年には石田長生とバンド「THIS」を結成し、翌1975年には上京してハックルバックを結成した。70年代の日本のロック、ブルース、フォークの現場をまたぎながら、演奏者としての経験を積んでいった流れが見える。
1970年代後半にはスタジオ・ミュージシャンとしての仕事が増え、心身ともに消耗したことから、1979年に渡米した。ロサンゼルスではマリア・マルダーやランディ・クロフォードらの現場に参加している。
この時期に、当時登場したばかりのドラムマシン「Linn LM-1」に強い関心を持ったとされる。1982年の帰国後、このマシンを使って制作した作品が後の代表作『awakening』につながっていく。
佐藤博の代表作として挙げられる『awakening』は、ドラムマシンの使用を前面に出した制作で知られる。ここでは、シンセサイザー、リズムマシン、ヴォーカルを組み合わせた作りが目立つ。
ジャンル表記にはシンセポップ、ソウル、ディスコ、コンテンポラリーR&B、シティ・ポップが並ぶが、実際の活動歴を見ても、ジャズ、ブルース、フォーク、ロック、ソウル寄りのポップスまで幅広く接続している。演奏者としてのバックグラウンドと、スタジオ機材への関心が重なったタイプの音楽家だ。
帰国後は、CM音楽やテレビ番組音楽の制作を数多く手がけた。さらに2000年代以降はプロデューサーとしても活動している。
2008年には青山テルマ「そばにいるね」の制作に関わり、日本レコード大賞優秀作品賞を受賞した。この時期まで、制作側の仕事を通じてポップスの現場に関わり続けていたことがわかる。
佐藤博は、70年代のバンド活動、80年代以降のシンセやリズムマシンを使った制作、そしてCM・テレビ・ポップスのプロデュースまで、仕事の幅がかなり広い。演奏家としての出発点と、スタジオでの制作経験がそのままキャリアに反映されている。
日本のシティ・ポップや電子的なポップスを語るときに、彼の名前が挙がるのは自然だ。ジャズやブルースの現場から始まり、機材の変化を取り込みながらポップスへ接続していった経歴が、そのまま音の作り方に出ている。