Hiroshi Sato Featuring Wendy Matthews = 佐藤博 フィーチャリング ウェンディ・マシューズ - Awakening = アウェイクニング (1982)
佐藤博『Awakening』——日本のシティ・ポップを別の方向へ押し広げた1982年作
佐藤博の『Awakening』は、1982年にアルファレコードから発表された4作目のオリジナル・アルバム。アメリカでの活動を経て日本へ戻った佐藤が、アルファ移籍後に最初に出した作品でもある。録音は東京のアルファ・スタジオAで、1982年2月から4月にかけて進められた。クレジットにはウェンディ・マシューズの名が大きく掲げられ、実質的に彼女の初期キャリアを印象づける一枚としても知られている。
この作品の核にあるのは、当時最先端のサンプリング式ドラムマシン、Linn LM-1の導入だ。佐藤はこれによって、生演奏のドラマーに頼らず、自分の構想に沿ったリズムを組み立てた。さらに、ヴォーカルやキーボードだけでなく、多くの楽器を自ら多重録音しており、制作の主導権がかなり明確に佐藤の側へ寄っている。本人が「これまでで一番自分がやりたかったことに近い作品」と語ったとされる点も、このアルバムの性格をよく示している。
サウンドの輪郭
『Awakening』を聴くと、まず耳に入るのは、打ち込みの硬さではなく、リズムの輪郭がはっきりした滑らかな推進力だ。LM-1の乾いた音が土台にありながら、シンセサイザーのフレーズやベースライン、コーラスがそこに重なり、全体として整ったグルーヴを作っている。ウェンディ・マシューズの声は、その上で過度に前へ出ることなく、曲の空気を受け止める役割を担っている。
特に印象に残るのは、音数の多さよりも配置の丁寧さ。キーボードの和音、短いフレーズ、リズムの隙間の取り方が細かく計算されていて、派手な展開に頼らず曲が進む。シティ・ポップ、AOR、ソウル、ディスコの要素が並ぶが、どれか一つに寄せ切らず、アメリカ西海岸的な感触と日本のポップスの感覚が同居している。
ウェンディ・マシューズの存在
このアルバムで重要なのが、ウェンディ・マシューズの参加だ。佐藤がロサンゼルスで出会った彼女のヴォーカルは、英語詞の楽曲に自然に溶け込み、アルバム全体の温度を決めている。大きく感情を押し出すタイプではなく、柔らかい音色で旋律をなぞる歌い方。そのため、佐藤のシンセやリズムの設計が前に出ても、曲が冷たくなりすぎない。
日本のポップス作品でありながら、歌声の質感が作品の国際感覚を支えている点は大きい。シティ・ポップが国内の洗練された都市感覚として語られることが多い中で、『Awakening』はより直接的に海外の空気を持ち込んでいる。その役割を担うのがウェンディ・マシューズの歌声、という構図だ。
作品の位置づけ
佐藤博にとって『Awakening』は、キャリアの中でも重要な節目に置かれる作品だ。アメリカでの経験を経て、日本のスタジオで自分の音像を再構築したアルバムであり、しかも当時としてはかなり先進的な機材を取り入れている。宅録的な発想を洗練されたスタジオワークへ接続した点も、この作品の特徴として挙げられる。
同時代の文脈で見ると、山下達郎や大貫妙子らが築いていた日本の都会的ポップス、あるいは洗練されたソウル志向の作品群と並べて語られることが多い。ただし『Awakening』は、よりキーボード主体で、リズムマシンの存在感が明確だ。AORやシンセ・ポップの感触も強く、単なるシティ・ポップの枠だけでは収まりきらない。
参加ミュージシャンと周辺の話題
ゲスト・ギタリストとしては山下達郎や鳥山雄司の名が挙がる。どちらも当時の日本のポップス/フュージョンの文脈で重要なプレイヤーで、アルバムに外側からの色を加えている。とはいえ、作品全体の設計はあくまで佐藤のキーボードとプログラミングが中心で、その上にギターが要所で差し込まれる構成だ。
後年、このアルバムは正規復刻が行われ、再評価が進んだ。1982年当時の先端機材を使った作品でありながら、今聴いても古びた印象が薄いのは、音の選び方とアレンジの整理がよくできているからだろう。シンセサイザーの質感、LM-1のリズム、英語ヴォーカルの組み合わせが、80年代初頭の日本のポップスの中でもかなり個性的な位置を占めている。
まとめ
『Awakening』は、佐藤博の作家性がもっとも明確に表れたアルバムのひとつだ。機材の新しさに目を奪われる作品というより、その機材を使って何を作ったかがはっきりしている。ウェンディ・マシューズの歌声、佐藤自身の緻密なキーボードワーク、そして当時の日本ポップスが持っていた都市的な感覚。その3つが重なった1982年の記録。
シティ・ポップ、AOR、ソウル、シンセ・ポップの交点に置くと輪郭が見えやすい一枚だが、どの言葉にも完全には回収されない。そこに、このアルバムの面白さがある。
トラックリスト
- A1 Awakening (覚醒) 2:29
- A2 You're My Baby 3:45
- A3 Blue And Moody Music 4:32
- A4 Only A Love Affair 4:47
- A5 Love And Peace 4:23
- B1 From Me To You 3:47
- B2 I Can't Wait 4:14
- B3 It Isn't Easy 4:17
- B4 Awakening 3:36
- B5 Say Goodbye 3:23