Vinyl Record Reviews
Jackie Mittooは、ジャマイカ生まれのカナダ人キーボーディスト/ソングライターだ。1948年3月3日にジャマイカのブラウンズ・タウンで生まれ、1990年12月16日にトロントの病院で42歳で亡くなっている。レゲエ、特にダブやインストゥルメンタルの文脈で名前が挙がることが多い人物だ。
13歳のころからプロとして演奏を始め、The RivalsやThe Sheiksなどのバンドで活動した。その頃からFederal Studiosに出入りし、のちにSkatalitesとして知られるジャマイカの名手たちと現場をともにしていた。
1963年にClement “Coxsone” Doddがキングストンの13 Brentford Roadに新しいスタジオを開いた際、Mittooはそのセッションを任されるようになる。ここから1960年代を通じて、Doddとのあいだで大量の録音が行われた。Skatalites解散後は、Doddが結成したスタジオ・バンドThe Soul Brothersの中心に入り、のちにSound Dimensionへとつながる流れを支えた。
Mittooの仕事はキーボードを弾くだけにとどまらない。ベースのラインを決め、ギターのコードを組み立て、自分で鍵盤を弾きながら録音全体のアレンジも進めていた。セッション・ミュージシャンをまとめる役割と、曲そのものを作る役割を同時に担っていた形だ。
この時期に録音されたアーティストには、Ken Boothe、Bob Andy、Alton Ellis、The Wailers、The Heptones、Marcia Griffiths、John Holt、Slim Smith、Delroy Wilsonなどがいる。ボーカル曲だけでなく、インストゥルメンタルも多く手がけていた。
Jackie Mittooの重要な仕事として、彼が作ったインストゥルメンタル・トラック、いわゆる「リディム」の持続力が挙げられる。1966年のソロ曲「Ram Jam」は、Studio Oneで最も多くヴァージョンされたリディムのひとつとして扱われている。「Fattie Fattie」はその流れを直接受けた曲として知られている。
ほかにも「Real Rock」「Hot Milk」「One Step Beyond」といった曲が、後年にわたって別のプロデューサーやアーティストに再演、改変、サンプリングされ続けた。Alton Ellisのようなレゲエの重要人物だけでなく、The Clash、Lily Allen、Rihannaのように別の世代や別ジャンルのアーティストにも参照されている。
1968年から1969年にかけてトロントへ移住したあとも、ジャマイカのプロデューサーとの仕事やSkatalitesとしての活動、Byron Lee and the Dragonairesとのレコーディングやツアーを続けている。トロントではレコード店を開き、自身のレーベルStine-Jacも立ち上げた。
1970年代には、現地レーベルからインストゥルメンタル・レゲエのアルバムを発表しながら、トロントの新しいレゲエ・コミュニティの育成にも関わっていた。カナダでのレゲエ初期の動きを考えるうえで、Mittooの存在は外せない。
Jackie Mittooの音楽は、鍵盤を中心にしたリディム作りがはっきりしている。メロディだけで押すのではなく、ベース、コード、鍵盤の役割を分けて組み立て、あとから他の歌手や演奏者が乗せやすい土台を作っていた。
そのため、彼の曲は1回きりで終わるというより、別の曲に形を変えて使われることが多い。レゲエやダブの制作で、同じリズムや伴奏を何度も使い回して展開していくやり方に、Mittooの仕事はかなり深く関わっている。