Jeff Tyzik

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Jeff Tyzik

Jeff Tyzikとは

Jeff Tyzik(ジェフ・タイジク)は、アメリカ・ニューヨーク州ハイド・パーク出身のトランペット奏者、指揮者だ。ジャズを軸に活動しながら、ポップスやロックの要素をオーケストラに取り入れる仕事でも知られている。1979年に姓をTkazyikからTyzikに改めている。

音楽との出会いと出発点

音楽に興味を持ったきっかけは、8歳のときに地元のパレードでドラム&ビューグル・コーを見たことだった。9歳の誕生日にビューグルを欲しいと伝えたところ、手元に届いたのはコルネットだったというエピソードが残っている。その後、20年代にゴールドマン記念バンドで演奏していた教師のもとでコルネットを学び、早い段階で技術を伸ばしていった。

本人は幼いころから音楽にかなり真剣に向き合っていたと語っていて、同年代の子どもたちがそこまで熱心でないことに不満を感じることもあったようだ。音楽に限らず、関心を持ったことには全力を注ぐ姿勢が、早くからあったことがうかがえる。

イーストマン音楽学校での学び

教師や友人に勧められて、Jeff Tyzikはイーストマン音楽学校に進んだ。ここで大きな影響を受けた人物のひとりが、レイ・ライトだ。ライトはラジオ・シティ・ミュージック・ホール管弦楽団の指揮者として知られ、後にイーストマンでTyzikの師となった。Tyzikは、音楽だけでなく音楽ビジネスの知識まで含めて多くを学んだと振り返っている。

イーストマンでは、後にバンドリーダーとしても知られるチャック・マンジョーネとも出会った。学生時代は厳しく接されたものの、その後マンジョーネから仕事のオファーを受け、卒業後の6年間を彼のもとで過ごした。現場で演奏しながら、編曲や制作の感覚も吸収していった時期だったようだ。

チャック・マンジョーネとの活動

1970年代、Tyzikはマンジョーネのジャズ・オーケストラで演奏した。観客は1万人から2万人規模になることもあり、クラシックの枠を超えたオーケストラの使い方を実感したという。ここから、ジャズ、ポップ、ロックの要素をシンフォニー・オーケストラに組み込む方向へ進んでいく。

本人は、クラシックの訓練を受けながらも、約20年にわたってジャズ、ポップ、ロックを交差させる形で活動してきたと語っている。オーケストラ編曲やポップス・プログラムに強い理由は、この時期の経験にあると見てよさそうだ。

ドク・セヴェリンセンとの仕事

次の大きな転機は、トゥナイト・ショー・バンドのリーダーとして知られるトランペット奏者、ドク・セヴェリンセンとの出会いだった。Tyzikは、トランペット奏者のアレン・ヴィズッティとともに、ドクのためのトランペット協奏曲を制作している。

この作品の初演時には、ヴィズッティが世界ツアー中で来られず、Tyzik自身が最初のリハーサルに立ち会ったという。以後、ドクのシンフォニー・プログラム向けの編曲や、1986年にグラミー賞を受賞したアルバム『The Tonight Show Band with Doc Severinsen, Vol. 1』のプロデュースなど、複数のプロジェクトを共にしている。

現在の活動と実績

現在、Jeff Tyzikはロチェスター・フィルハーモニー管弦楽団のプリンシパル・ポップス指揮者を30年以上務めている。さらに、ダラス交響楽団、デトロイト交響楽団、オレゴン交響楽団、フロリダ管弦楽団でも同ポストに就いている。

客演指揮者としては、ニューヨーク・フィルハーモニック、ボストン・ポップス、クリーヴランド管弦楽団など、米国内外100を超えるオーケストラで活動している。編曲・作品は400以上にのぼり、2023年には自身の楽譜出版社TyzikMusic.comも立ち上げた。

音楽的な特徴

Tyzikの活動を見ると、トランペット奏者としての演奏、指揮者としての統率、編曲家としての構成力が一体になっている。特に、ジャズやポップス、ロックの感覚をオーケストラに持ち込む仕事が中心にある。クラシックだけに寄らず、実演の現場で培った感覚をオーケストラ編成に反映してきた点が特徴として見える。

また、マンジョーネやセヴェリンセンとの仕事からは、単なる演奏家ではなく、制作や編曲、プログラム設計まで含めて動いてきたことがわかる。オーケストラを使ったポップス・プログラムの分野で長く活動してきた人物として整理できる。

参考サイト

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