Jiro Inagaki & His Soul Media

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Jiro Inagaki & His Soul Media

Jiro Inagaki & His Soul Mediaとは

Jiro Inagaki & His Soul Mediaは、サックス奏者・稲垣次郎を中心に1969年に結成されたグループだ。稲垣次郎は1933年生まれで、独学でサックスを身につけ、高校時代からプロとして活動を始めた。ハナ肇とキューバン・キャッツ、フランキー堺とシティ・スリッカーズ、ジョージ川口とビッグ・フォーといった当時の人気バンドでも演奏している。

活動の流れ

1962年には「稲垣次郎クインテット」を結成し、その後1969年に「稲垣次郎とソウル・メディア」を立ち上げた。ソウル・メディア名義では、『ヘッド・ロック』(1970年)、『イン・ザ・グルーヴ』(1973年)、『ファンキー・スタッフ』(1975年)などを発表している。これらの作品で、ジャズロックやジャズファンクの分野に強い存在感を示した。

音楽的な特徴

ソウル・メディアの音楽は、ジャズを土台にしながら、ロックやファンクのリズムを取り入れている。演奏面では、稲垣のサックスを軸に、岡沢章、清水靖晃、松木恒秀、今田勝、荒川康男、成毛滋、伏見哲夫、海老沢一夫、石松元、窪田竹夫らが参加した時期がある。編成や参加メンバーからも、当時の日本のクロスオーバー/フュージョン寄りの流れと近い位置にあったことが見えてくる。

『サムシング』と録音面での話題

1970年にはスティーヴ・マーカスとの共作『サムシング』を録音している。この作品は、世界初のデジタル録音によるアナログレコードとされている。録音技術の面でも名前が挙がる作品で、当時の制作現場で先端的な試みが行われていたことがわかる。

演奏家としての活動

稲垣次郎はセッションプレイヤーとしても活動の幅が広い。スティーヴィー・ワンダー、スタイリスティックス、フランク・シナトラの来日公演にも参加している。国内外のポップスやソウルの現場に関わっていた点は、ソウル・メディアの音作りにもつながっている。

プロデューサー、音楽監督としての仕事

演奏だけでなく、プロデューサーや音楽監督としても動いていた。西城秀樹やピンク・レディーを手掛け、大瀧詠一の「NIAGARA」シリーズの制作にも関わっている。ジャズの演奏家としてだけでなく、歌謡曲やポップスの制作現場でも仕事をしていた点が、稲垣次郎のキャリアの大きな特徴だ。

日本のジャズロック/ジャズファンクでの位置づけ

Jiro Inagaki & His Soul Mediaは、日本のジャズロック/ジャズファンクを語るときに外せない名前だ。バンドとしての録音、セッション参加、制作業務まで含めると、稲垣次郎は演奏家としても裏方としても長く活動していたことになる。2024年1月18日には肺炎のため90歳で死去した。

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