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Joe Turnerは、1907年11月3日にアメリカ・メリーランド州ボルティモアで生まれたジャズ・ピアニストだ。1990年7月21日、フランスのモントルイユで亡くなっている。
同名のブルース・シャウター、Big Joe Turnerとは別人で、こちらはジャズ・ピアノの世界で活動した人物だ。
ターンナーは5歳の頃から母親にピアノを教わった。1925年にニューヨークへ移ると、10代のうちにハーレムで存在感を示し始める。
彼の演奏は、ジェームス・P・ジョンソンやファッツ・ウォーラーが築いたハーレム・ストライド・ピアノの流れに連なるものとして受け取られている。ここで培った技術とスウィング感が、その後の活動の土台になったようだ。
1928年にはベニー・カーター楽団に参加し、これが大きな転機になった。1930年代初頭にはアデレイド・ホールの伴奏者として活動し、時にはアート・テイタムと共演する機会もあった。
ルイ・アームストロングとの共演歴も残っている。こうした経歴から、当時のジャズ・シーンの中で重要な演奏家たちと接点を持ちながら活動していたことがわかる。
1930年代、アデレイド・ホールのツアーに同行して渡欧したことをきっかけに、活動の場はヨーロッパにも広がった。1936年にはチェコスロバキアでソロ公演を行い、その後はハンガリーやフランスでも演奏している。
1948年に再びヨーロッパへ渡った後は、パリを拠点にして演奏を続けた。ヨーロッパ各地を回るツアーも行っており、米国での活動だけでなく、欧州のジャズ・ファンにも知られる存在になっていった。
晩年は、パリのシャンゼリゼ通り近くにあったナイトクラブ「La Calavados」に長く出演していた。1990年に82歳で亡くなるまで、現役のピアニストとして活動を続けていた。
長いキャリアを通して見ると、ターンナーはハーレム・ストライド・ピアノの伝統を背負いながら、アメリカとヨーロッパの両方で演奏を重ねたピアニストとして整理できる。派手な逸話よりも、確かな技術と継続した演奏活動で名前を残した人だ。
Joe Turnerを追うなら、まずはハーレム・ストライド・ピアノの文脈で聴くのがわかりやすい。ジェームス・P・ジョンソンやファッツ・ウォーラーの系譜に興味がある人には、演奏のつながりが見えやすいはずだ。
また、ベニー・カーター、アデレイド・ホール、アート・テイタム、ルイ・アームストロングといった名前との接点も、この時代のジャズ史をたどるうえで重要な手がかりになる。