Vinyl Record Reviews
Joe Yamanaka(ジョー山中)は、1946年9月2日に横浜で生まれ、2011年8月7日に横須賀で亡くなった日本のヴォーカリストだ。ロック、ポップス、ブルース、ファンク/ソウルをまたぐ活動を続け、ハードロックだけでなく、ソフトロック、ポップロック、ファンク、プログレッシブ・ロック、ソウル、R&B、バラードまで幅広い要素を持つ歌手として知られている。
1966年、グループサウンズ・ブームの中で「491(フォーナインエース)」のヴォーカリストとしてデビューした。その後、1968年に内田裕也のプロデュースでフラワー・トラベリン・バンドを結成する。ここでの活動が、ジョー山中の名前を日本のロック史に強く残すことになった。
フラワー・トラベリン・バンドは、当時の日本のロックとしてはかなり早い段階で海外展開を行っている。1971年に発表された2ndアルバム『SATORI』は、アメリカとカナダでも同時発売された。さらに、ELP(エマーソン・レイク・アンド・パーマー)とのツアーも行っており、同時代の日本のバンドとしては珍しい国際的な活動を見せている。
『SATORI』は、禅の思想をハードロックに落とし込んだ作品として紹介されることが多い。サイケデリック・ロックやプログレッシブ・ロックの要素も含みつつ、重いギターと、ジョー山中の歌声が前に出る構成になっている。後年、この作品は海外の音楽ファンやミュージシャンからも再評価され、日本のロック史の重要作として扱われている。
ジョー山中のヴォーカルは、ハードなバンド演奏の上でも埋もれず、歌詞の意味を強く押し出すタイプだった。ロック、ソウル、R&Bの要素をまたいで歌える点も、彼の活動の幅につながっている。
1973年4月の京都公演を最後にフラワー・トラベリン・バンドは解散し、その後ジョー山中はソロ・アーティストとして活動した。ソロでは、ハードロック・シンガーというイメージに限られない仕事を続けている。
1977年には映画『人間の証明』に出演し、主題歌「人間の証明のテーマ(Mama, Do You Remember)」も歌唱した。この曲は大ヒットを記録し、ジョー山中の名前を広く知られるものにした。バンド時代のハードな音楽だけでなく、バラードやポップスの領域でも存在感を示した場面だ。
ジョー山中は、日本のロックが国内向けの流行だけにとどまらず、海外のシーンとも接点を持ち始めた時期を代表する存在として見られている。特に『SATORI』は、当時の日本のロック作品としては珍しく、海外での流通やツアーまで含めて動いていた点が大きい。
一方で、主題歌「人間の証明のテーマ」のヒットによって、ロックの文脈に限らず、広い層に声が届いた。ハードロック、ソウル、ポップス、バラードを行き来した活動歴を見ると、ひとつのジャンル名だけでは収まりにくい歌手だったことがわかる。