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Karen Dalton(カレン・ダルトン、本名Jean Karen Cariker)は、1937年7月19日生まれ、1993年3月19日に亡くなったアメリカのフォーク/ブルース歌手、バンジョー奏者だ。オクラホマ州エニッド生まれで、チェロキーの血を引いていたとされる。歌ったジャンルはブルース、フォーク、カントリー、ポップ、モータウンまで幅広く、12弦のGibsonギターとロングネック・バンジョーを使っていた。
ダルトンは20代前半でニューヨークへ渡り、1960年代初頭のグリニッジ・ヴィレッジのフォーク・シーンに身を置いた。フレッド・ニールやホーリー・モーダル・ラウンダーズと親交を持ち、まだ無名だったボブ・ディランとも交流があった。ディランは自伝の中で、当時カフェ・ワで最も好きだった歌手として彼女の名前を挙げ、「ビリー・ホリデイのような声で、ジミー・リードのようにギターを弾いた」と記している。
ダルトンは自作曲を多く残したタイプではなく、既存曲を自分の解釈で歌うことに強みがあった。本人はビリー・ホリデイとの比較を好まず、影響源としてベッシー・スミスの名を挙げていたという。実際、フレッド・ニール作の「Little Bit of Rain」や、伝承曲「Katie Cruel」の歌唱でよく知られている。
演奏面では、12弦ギターとロングネック・バンジョーを弾きこなし、フォークだけでなくブルースやカントリーの要素も自然に混ぜていた。レパートリーの幅は広いが、歌い方は曲ごとにかなり変わる。ブルース、フォーク、カントリー、ポップ、モータウンを同じ声で扱っているところが、彼女の特徴として語られることが多い。
生前に発表したアルバムは2作だけだ。1969年の『It's So Hard to Tell Who's Going to Love You the Best』、1971年の『In My Own Time』がそれにあたる。活動は長く続いたわけではないが、ステージでは存在感を見せていた一方で、プロデューサーによる音作りへの介入には抵抗したとされる。そのため、商業的な活動の中心には入りにくかった。
ダルトンは生前よりも、没後の再発や紹介を通じて知られるようになった。Light in the Attic Recordsなどによる再発で作品が聴き直され、評価が広がっている。2015年にはパティ・グリフィンやルシンダ・ウィリアムズらが参加したトリビュート盤も制作された。
彼女の名前を挙げるアーティストは世代をまたいでいる。ニック・ケイヴ、デヴェンドラ・バンハート、ジョアンナ・ニューサム、アデルなどが影響を公言している。活動期間や作品数は多くないが、歌い方と選曲の個性が後年まで参照され続けている。
Karen Daltonは、作品数だけを見ると寡作なアーティストだが、歌い方、曲の選び方、グリニッジ・ヴィレッジでの立ち位置まで含めて見ると、フォーク史の中でかなり独特な存在として残っている。まずは2枚のアルバムから聴くのがわかりやすい。