Vinyl Record Reviews
笠井紀美子(かさい きみこ)は、1945年12月15日生まれ、京都府出身の日本のジャズ・ヴォーカリストだ。ジャンルの軸はジャズだが、活動の中ではポップス、ファンク、ソウル、ディスコ、R&B、シティ・ポップの要素もはっきり見える。日本の女性ヴォーカル史の中でも、スタンダード・ジャズからフュージョン寄りの作品まで幅広く歌ってきた人物として知られている。
同志社女子高等学校を経て、1964年に上京した。スタンダード曲を歌うジャズ・シンガーとして人気を集め、早い段階から歌唱力で注目された。1971年にはカップヌードルのCMソングを歌い、ジャズ・シーン以外にも名前が広がった。
1970年代から1980年代にかけてはCBS・ソニーなどから多くの作品を発表している。この時期の録音は、ジャズを土台にしながら、当時のブラック・ミュージックや都会的なポップスの感触を取り込んでいる。
代表作としてよく挙がるのが、Gil Evansのオーケストラと共演した『Satin Doll』(1972年)と、Cedar Waltonと共演した『Kimiko Is Here』(1975年)だ。どちらもジャズの文脈がはっきりした作品で、バンドやオーケストラの中でヴォーカルを置くスタイルが見える。
特に知られているのは、Herbie Hancockとの共演作『Butterfly』だ。1978年10月に録音され、1979年に発表されたこのアルバムには、Herbie Hancockのほか、Paul Jackson、Bill Summers、Alphonse Mouzon、Ray Obiedoらが参加している。収録曲には、Hancockの代表曲「Maiden Voyage」のヴォーカル・ヴァージョンや、Stevie Wonderの「As」のカヴァーが入っている。
『Butterfly』は、ディスコ、シティ・ポップ、フュージョンが交差する1979年という時代の空気をそのまま反映した作品として後年に再評価が進んだ。ジャズ・シンガーのアルバムでありながら、当時のファンクやソウルの流れの中でも聴ける内容になっている。
笠井紀美子の歌は、ジャズのスタンダードを軸にしつつ、ファンクやソウルのリズムにも乗るところが特徴だ。ビブラートを強く前に出すタイプというより、曲のリズムとフレーズをはっきり扱う歌い方が印象に残る。フュージョン系の編成の中でも、ヴォーカルが埋もれずに前へ出る録音が多い。
1978年にはロサンゼルスへ移住し、音楽プロデューサーのRichard Rudolphと結婚している。1987年頃からはジュエリーデザインにも取り組み、1990年には自身のブランド「kimiko by KIMIKO」を立ち上げた。音楽活動は1998年に引退している。
笠井紀美子のキャリアは、ジャズ・ヴォーカルを出発点にしながら、1970年代以降のポップス、フュージョン、ファンクの流れとつながっていく点が重要だ。特に『Butterfly』のような作品は、当時の日本の都市型サウンドを考えるうえでも外せない。