Vinyl Record Reviews
Matthew Herbertは、1972年生まれのイギリスのミュージシャン、DJ、プロデューサー。ElectronicやJazzの文脈で語られることが多く、Downtempo、Experimental、Minimal、Deep House、Cool Jazzといった要素をまたぎながら活動している。別名義も使い分けつつ、さまざまな作品を発表してきた。
本人のプロフィールでまず目を引くのは、日常の音を使って電子音楽を組み立てる手法だ。身の回りの物音や生活音を素材にして曲を作ることで知られていて、単なるサンプルの再利用ではなく、録音の仕方そのものに強い制約をかけることが多い。
2000年には、「Personal Contract for the Composition of Music(Incorporating the Manifesto of Mistakes)」という独自の制作規約を発表している。ここでは、ドラムマシンや既製のプリセット、他人のビートの流用といった“近道”を避ける姿勢が明確に示されていた。サンプリングに使う音源も、自分で録音した音、または自分のアーカイブに残してきた未使用音に限定し、編集時に出るテイクの“しっぽ”や偶然のミスも残すことを自分に課している。
このルールは、電子音楽の制作で一般的な効率化とはかなり違う方向を向いている。音をきれいに整えるよりも、録音の現場で起きたことをそのまま作品に残す意識が強い。Herbertの音楽は、その制約自体が作品の内容につながっているところがある。
この制作姿勢を強く示す作品として、2011年のアルバム『One Pig』がある。これは、1頭の豚が誕生し、飼育され、屠殺され、食されるまでの一生を音でたどるコンセプト作品だ。収録曲はすべて、この豚に由来する音、または豚との関わりの中で生まれた音だけで構成されている。
骨挽き鋸の音をリズムに使ったり、バケツに滴る血の音を取り入れたりと、かなり直接的な素材も含まれている。この作品は世界的な抗議運動も呼び起こした。Herbert自身は、豚が食肉処理された週齢が通常の工業畜産より長い25週だったことや、自分が直接屠殺したわけではないことも説明している。
『One Pig』では、音の素材の選び方だけでなく、制作の倫理や食の問題まで作品に含まれている。コンセプトを最後まで押し通すやり方は、Herbertの代表的な特徴のひとつとして扱われている。
HerbertはDJ、プロデューサーとしても活動し、複数のアーティストのトラック制作に関わってきた。プロフィール上では、Dani SicilianoやRóisín Murphyなどの名前が挙がっている。Dani Sicilianoとは結婚しており、音楽面でも強い結びつきがある。
また、本人は複数の名義を使って作品を発表している。こうした名義の使い分けも、ジャンルをひとつに固定しない活動の仕方とつながっている。ElectronicとJazzの間を行き来しながら、ダンス寄りの曲から実験的な作品まで幅を持って展開してきた。
Herbertの音楽には、DowntempoやMinimalの流れを感じる作品がある一方で、Deep Houseのリズム感や、Jazz由来のフレーズ感が入ることもある。Cool Jazzの要素が見える場面もあり、電子音の組み立て方とジャズ的な間合いの両方を扱っている印象がある。
ただ、単純にジャンルを混ぜているだけではなく、音の出どころや録音条件そのものを作曲の条件にしている点が重要だ。日常音の採取、制約のあるサンプリング、偶然性の扱い方が、そのまま作品の輪郭になっている。