Miharu Koshi

Vinyl Record Reviews

Miharu Koshi

コシミハルとは

コシミハル(Miharu Koshi)は、1960年1月3日生まれ、東京出身のキーボーディスト/シンガーだ。1978年にテレビの新人発掘番組「君こそスターだ!」で優勝し、RCAと契約して本格的に活動を始めた。デビュー当初は越美晴名義で、1989年以降はコシミハル名義で作品を発表している。

音楽活動の始まり

ウェブ情報によると、3歳でピアノを始め、8歳で作曲を始めている。11歳のときには越路吹雪に憧れてシャンソンを歌い始め、弾き語りもしていたという。幼いころから鍵盤と歌に触れていたことが、その後のシャンソンやジャズ寄りの作品につながっている。

家族にも音楽の背景がある。父はバスーン奏者、母はクラシック声楽家で、本人もクラシック音楽とバレエの教育を受けている。

1970年代後半から1980年代の動き

1978年のデビュー曲は「ラブ・ステップ」。同じ年のテレビ番組での優勝をきっかけに、RCAからのリリースが始まった。初期はシャンソンや歌謡曲の要素を持つ活動が見られるが、1980年代に入るとシンセサイザーを使ったテクノポップへ寄っていく。

この時期はアルファ・レコードのYENレーベルに移り、細野晴臣のプロデュースによる『Tutu』(1983年)などで知られるようになる。細野晴臣とは長く共同作業を続けていて、プロフィールでもその関係は強調されている。

コシミハル名義への変更

1989年からは、名前の表記を漢字の越美晴からカタカナのコシミハルに変えている。以後はこの名義で活動を続けている。本人は細野晴臣との出会い以降、アイドル的な見え方を離れることを意識していたとされる。

1990年代以降の音楽性

1990年代以降は、オールド・ジャズやシャンソンを取り入れた作品が中心になる。フランス語を含む複数言語で歌うシャンソンや、20世紀初頭のヨーロッパ・ジャズを参照した楽曲があり、テクノポップ期とは違う方向で活動を広げている。

1996年には細野晴臣が設立したDaisyworld Discsに参加している。また、バレエとダンスで構成される舞台作品『Musique-hall』では、演出や振付も手がけている。音楽だけでなく、舞台表現にも関わっているのが特徴だ。

コシミハルの音楽的特徴

  • 初期はシャンソンや歌謡曲の要素を持つ歌唱で活動している
  • 1980年代はシンセサイザーを前面に出したテクノポップに取り組んでいる
  • 細野晴臣との共同作業が長く続いている
  • 1990年代以降はオールド・ジャズやシャンソンへ重心を移している
  • フランス語など複数言語での歌唱も行っている
  • 舞台作品や振付など、音楽以外の表現にも関わっている

作品を聴くときの入口

まずは1980年代のテクノポップ作品と、1990年代以降のシャンソン/ジャズ寄りの作品を分けて聴くと、活動の変化が追いやすい。『Tutu』のような時期の作品と、Daisyworld Discs参加後の作品では、使う音色や曲の組み立て方がかなり違う。

越美晴名義の初期録音と、コシミハル名義の後期作品を並べると、歌い方や選ぶ題材の変化も見えやすい。長い活動の中で、テクノポップ、シャンソン、ジャズ、舞台作品がそれぞれ別の時期に現れている。

関連サイト

ジャンル・スタイル

Electronic Synth-pop
toast