Orlando Johnson

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Orlando Johnson

Orlando Johnsonとは

Orlando Johnsonは、イタリアで活動したハウス・プロデューサーとして知られている。80年代にはイタロ・ディスコとHi-NRG、90年代にはユーロ・ハウスの制作に関わり、ダンス・ミュージックの流れの中で仕事を重ねてきた人物だ。プロフィール上ではElectronic、Disco、Deep House、Houseの文脈に置かれている。

経歴の流れ

1953年8月30日にアメリカ・ノースカロライナ州ウィンストン・セイラムで生まれ、イタリアで活動するシンガーWessの実弟として育った。16歳のとき、地元グループThe Upsetterとしてシングルを2枚発表している。その後、70年代末にWessとのコラボレーションのためイタリアへ渡り、イタリア人DJマルコ・トラーニと組んだ「Hang On It」でソロとして最初のシングルを録音した。

1980年にはEMI Italianaと契約し、RAIのテレビ番組テーマ曲として2枚のシングルを制作している。ここからイタリアの放送・ダンス系の現場と近いところで活動していたことがうかがえる。

80年代のイタロ・ディスコ / Hi-NRG

80年代のOrlando Johnsonは、イタロ・ディスコとHi-NRGの制作で存在感を出している。イタリアのディスコ・シーンで広がったこの時期のサウンドに関わりながら、シンガー、作曲者、プロデューサーの役割を行き来していた。

この時期の仕事としては、サブリナのヒット曲「My Chico」の作曲が挙げられる。さらに、ステファノ・セッキの初期シングル2作ではヴォーカルも担当している。制作側だけでなく、歌い手としても参加していた点が特徴だ。

90年代のユーロ・ハウス

90年代に入ると、Orlando Johnsonはユーロ・ハウスの制作にも関わる。ユーロ・ダンスの流れの中で、よりクラブ向けのハウス・サウンドに接続していった形だ。

特に知られているのが、Secchi feat. Orlando Johnson名義の「I Say Yeah」だ。この曲はイタロ・ハウス・サウンドを代表するヒットのひとつとして扱われることが多い。また、ユーロダンス・グループThe Dogの「Come On Let's Go」にも参加している。

音楽的な特徴

Orlando Johnsonの活動を見ると、歌唱と制作の両方に関わっている点がはっきりしている。イタロ・ディスコ、Hi-NRG、ユーロ・ハウスという流れの中で仕事をしていて、イタリアのダンス・ミュージック史の複数の時期にまたがっている。

  • 70年代末にイタリアへ渡り、現地の制作環境で活動
  • 80年代はイタロ・ディスコ / Hi-NRGの制作に参加
  • 90年代はユーロ・ハウスのプロデューサーとして活動
  • 歌唱、作曲、プロデュースを横断している
  • 「I Say Yeah」や「My Chico」など、具体的なヒット曲に関わっている

家族関係と混同されやすい点

Orlando Johnsonは、イタリアで活動したシンガーWessの実弟で、UKのR&B/Soul/GarageシンガーRomina Johnsonの叔父にあたる。また、同名のソウル歌手Al Johnson(Alfred Orlando Johnson)とは別人なので、資料を追うときは区別が必要だ。

アメリカ生まれでイタリアのダンス・ミュージックに深く関わったという経歴は、当時の欧州ポップスやクラブ・シーンの動きとも重なって見える。作品単位で追うと、80年代のイタロ・ディスコから90年代のハウスまで、活動の幅が確認しやすい人物だ。

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