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Paul Simonは、1941年10月13日生まれのアメリカのシンガーソングライターで、ニュージャージー州ニューアーク出身だ。もともとはSimon & Garfunkelの一員として知られるようになり、その後、Art Garfunkelと別れてからはソロ活動で大きな成功を収めた。
Simon & Garfunkel時代から、Paul Simonは作詞作曲の面で強い存在感を持っていた。グループ解散後はソロに移り、自身の作品でキャリアを積み重ねていく。2001年にはRock and Roll Hall of Fameにパフォーマーとして殿堂入りしている。
私生活では、Peggy Harperとの最初の結婚で息子をもうけ、その後1983年から1984年まで短期間の結婚歴があり、3度目の妻はフォークシンガーのEdie Brickellだ。
データベース上のジャンルは Folk、World、& Country、Funk / Soul、スタイルは Folk、Afrobeat になっている。実際、Paul Simonの作品はフォークの曲作りを軸にしながら、アフリカ音楽やリズムの要素を取り入れた楽曲が目立つ。特に1980年代以降は、ポップスの枠に収まりきらない編曲や演奏を積極的に取り込んでいる。
Paul Simonのキャリアでよく語られるのが、1986年のアルバム『Graceland』だ。南アフリカのアパルトヘイト政権下では国連や国際社会が文化的ボイコットを呼びかけていたが、SimonはLadysmith Black Mambazoら現地のミュージシャンと共演するためにヨハネスブルクへ渡り、彼らのタウンシップ・ジャイヴのサウンドを取り入れて録音を行った。
この動きは、国連反アパルトヘイト委員会のボイコット違反者リストに名前が載る結果につながった。加えて、「抑圧された人々の音楽を白人・西欧的な視点で切り取っている」という文化的搾取の批判や、「制作の是非にかかわらずアパルトヘイト体制を事実上追認している」という見方も出た。一方でSimonは、「音楽は戦車ではない」という趣旨の発言で応じ、共演したミュージシャンたち自身が自分たちの音楽を世界に届けたがっていたのだと主張した。
賛否が分かれた一方で、『Graceland』は商業的にも批評的にも成功した。グラミー賞の最優秀アルバム賞を受賞し、数百万枚規模のセールスを記録した。Paul Simon自身のキャリアを再び前に進めただけでなく、Ladysmith Black Mambazoの国際的な知名度を大きく押し上げるきっかけにもなった。
今では、ワールドミュージックとポップスを結びつけた作品として参照されることが多い。あわせて、文化的ボイコットの意味や、アーティストが政治状況の中でどこまで責任を負うのかを考える例としても取り上げられている。