RAF

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RAF

RAFとは

RAFは、1959年9月29日にイタリアのマルゲリータ・ディ・サヴォイアで生まれたシンガー/ソングライターだ。電子音楽寄りのポップスを軸に活動し、シンセポップやイタロディスコの文脈で知られている。ドイツでは1980年代に、別の意味を持つ略称「RAF」との混同を避けるため、名前を「RAFF」に変えて活動していた。

活動の始まり

17歳でフィレンツェに移り、芸術学校に通った後、建築学部へ進学している。その後、1979年ごろにギタリストのギーゴ・レンズッリとロック/パンク・バンド「Café Caracas」を結成し、ベーシスト兼シンガーとして活動した。1980年にはロンドンでThe Clashの前座も務めている。RAFのポップ志向と、レンズッリのロック/ウェーヴ志向の違いからバンドは解散した。

ソロデビューと「Self Control」

1983年のアルバム『Self Control』でソロデビューし、これが最初の商業的成功になった。表題曲「Self Control」は、ジャンカルロ・ビガッツィ、スティーヴ・ピッコロ、RAF自身の共作で、1984年2月にシングルとしてリリースされた。イタリアでは通算7週間1位、スイスでも1位、ドイツでは2位を記録している。

この曲は、イタロディスコ/ユーロディスコがヨーロッパで広がる流れの中でも重要な1曲として扱われている。同年には、プロデューサーのロビー・ブキャナンとハロルド・ファルターマイヤーが手掛け、ローラ・ブラニガンが歌ったカバー版もヒットした。こちらのバージョンのほうが広く知られている。

サンレモ音楽祭とユーロビジョン

1987年には、ウンベルト・トッツィ、ジャンカルロ・ビガッツィと共作した「Si può dare di più」が、ジャンニ・モランディ、エンリコ・ルジェリ、ウンベルト・トッツィのトリオによって歌われ、第37回サンレモ音楽祭で優勝した。同じ年、トッツィとのデュエット「Gente di mare」でユーロビジョン・ソング・コンテストのイタリア代表となり、3位に入っている。

RAF自身も1988年、1989年、1991年などにサンレモ本選へ出場している。イタリアのポップ・シーンの中で、歌手としても作家としても存在感を持っていたことがわかる。

音楽的な特徴

RAFの出発点はシンセポップ、ニューウェーブ、イタロディスコにある。その後は、ポップロック、ソフトロック、ジャズフュージョンへと活動の幅を広げていった。電子的な打ち込みやシンセを使った初期の作品から、より歌もの寄りのアレンジへ移っていく流れがある。

1993年のアルバム『Cannibali』はイタリアで最高5位を記録していて、90年代以降もイタリア語ポップスの作家/歌手として活動を続けている。初期のダンス寄りのヒットだけで終わらず、長く制作を続けた点も特徴だ。

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聴くときの入口

まずは「Self Control」から入るのが自然だ。1980年代のイタリアン・ポップとシンセポップの接点が、そのまま見える曲だし、RAFの名前が広く知られるきっかけにもなっている。そこからサンレモ関連の楽曲や90年代の作品へ進むと、作家としての活動の広がりも追いやすい。

ジャンル・スタイル

Electronic Synth-pop
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