The Beach Boys

Vinyl Record Reviews

The Beach Boys

The Beach Boysとは

The Beach Boys(ザ・ビーチ・ボーイズ)は、1961年にカリフォルニア州ホーソーンで結成されたアメリカのロック・バンド。オリジナル・メンバーは、ブライアン、デニス、カールのウィルソン3兄弟、従兄弟のマイク・ラヴ(Mike Love)、そして高校の友人アル・ジャーディン(Al Jardine)(一時デヴィッド・マークスが交代参加)。フォー・フレッシュメン由来の精緻なジャズ・ヴォーカル・ハーモニーと、チャック・ベリーの躍動的なロックンロール・ビートを融合させ、20世紀アメリカのポピュラー音楽における最高峰の芸術的達成を成し遂げた伝説的グループである。

結成と初期サーフ・サウンドの黄金期(1961〜1964年)

唯一実際にサーフィンを楽しんでいた次男デニスの提案をきっかけに、地元南カリフォルニアの若者文化(サーフィン、ホットロッド、ビーチの恋)を題材にした「Surfin'」(1961年)でデビュー。強権的で時に暴力的でもあった父マリー・ウィルソン(Murry Wilson)の厳しいマネジメントのもとでキャピトル・レコードと契約を結んだ。

「Surfin' U.S.A.」(1963年)、「Surfer Girl」(1963年)、「I Get Around」(1964年、グループ初の全米1位)などのメガヒットを連発。ビートルズをはじめとする「ブリティッシュ・インヴェイジョン」の猛威に対抗しうる唯一無二のアメリカン・バンドとして熱狂的な支持を集めた。しかし、過密を極めるツアースケジュールと父からの重圧により、長男でメイン・ソングライターのブライアン・ウィルソンは1964年末にパニック発作を起こし、ツアー活動から引退。代役としてブルース・ジョンストン(Bruce Johnston)が加入し、ブライアンはスタジオでの作曲・プロデュースに専念する体制へと移行した。

スタジオでの実験と金字塔『Pet Sounds』(1965〜1966年)

スタジオ作業に没頭したブライアンは、フィル・スペクターの「ウォール・オブ・サウンド」に強い刺激を受け、ハル・ブレインやキャロル・ケイらハリウッド屈指の腕利きセッション集団「レッキング・クルー(The Wrecking Crew)」を重用して先鋭的な音響実験を開始。『The Beach Boys Today!』(1965年)、『Summer Days (And Summer Nights!!)』(1965年)を経て、ビートルズの『Rubber Soul』に触発されたブライアンは、作詞家トニー・アッシャーを迎えてアルバム『Pet Sounds』(1966年5月)を完成させた。

自転車のベル、犬笛、テルミン、ハープシコード、エレクトリック・ベースの複層配置など、前代未聞の緻密なオーケストレーションと、青年の内省的な孤独や祈りを刻んだこのアルバムは、「Wouldn't It Be Nice」「God Only Knows」「Caroline, No」などの不朽の名曲を生んだ。本国アメリカでは従来のサーフ・イメージとの落差からチャート10位にとどまったが、イギリスでは2位を記録し熱狂的な賛辞を浴びた。ポール・マッカートニーは「『God Only Knows』はこれまでに書かれた最高の曲であり、『Pet Sounds』がなければ『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』は生まれなかった」と語っている。

『Smile』の頓挫とロウファイ・サイケ期(1966〜1969年)

1966年末、モジュール録音手法を極限まで突き詰めたシングル「Good Vibrations」を発表し、全米・全英1位を獲得。続くアルバムとして、奇才ヴァン・ダイク・パークスを作詞に迎え、「神への十代の交響曲」と銘打った超大作『Smile』の制作に着手する。しかし、スタジオ内に砂場やテントを設置するなど奇行が目立ち始めたブライアンの極度の精神的衰弱、過度なドラッグ摂取、そしてポップ路線からの逸脱を恐れたマイク・ラヴら他メンバーとの激しい内部対立により、1967年5月に制作は無期限凍結された。

急遽ホームスタジオ録音でまとめられた『Smiley Smile』(1967年)を皮切りに、R&B/ソウルに傾倒した『Wild Honey』(1967年)、穏やかなボサノヴァ/フォーク調の『Friends』(1968年)、『20/20』(1969年)と、ブライアンの主導権が後退し、グループ全員で分担するリラックスした作品群を発表。これらは当時商業的に苦戦したものの、のちにインディー・ポップやベッドルーム・ポップの先駆的傑作として世界的な再評価を受けることとなった。

ブラザー・レコーズ設立と70年代の成熟(1970〜1977年)

ワーナー/リプリーズへの移籍に伴い、バンドは自主レーベル「ブラザー・レコーズ(Brother Records)」を本格始動。末弟カール・ウィルソンが実質的なリーダーとしてグループを牽引し、メンバー全員の個性が花開いた名盤『Sunflower』(1970年)、社会批評や環境問題を取り込み「'Til I Die」や未発表『Smile』の表題曲を再構築した大傑作『Surf's Up』(1971年)を発表した。

1972年には南アフリカのザ・フレイムズからブロンディ・チャップリンとリッキー・ファターを迎え、スワンプ・ロック/R&B色を深めた『Carl and the Passions – So Tough』(『Pet Sounds』との2枚組仕様でリイシューされ同作の再発見に大きく貢献した)をリリース。さらにオランダにスタジオ機材ごと移住して制作された『Holland』(1973年)は批評的・商業的成功を収めた。1974年にはキャピトル時代のベスト盤『Endless Summer』が全米1位・数百万枚のメガヒットとなり、アメリカの国民的ライヴ・バンドとして空前のリバイバル・ブームが巻き起こった。

悲劇と「Kokomo」の奇跡、そして現在(1980年代以降)

国民的人気を博す一方で、大衆のノスタルジー要求と芸術的野心の狭間でメンバー間の確執は続いた。1976年には精神科医ユージン・ランディの指導下で「Brian's Back!」キャンペーンを展開し『15 Big Ones』や『The Beach Boys Love You』(1977年)を発表。しかし1980年代に入ると、重度の依存症に苦しんでいた次男デニス・ウィルソンが1983年12月に44歳で水死事故により他界するという深い悲劇に見舞われた。

それでも1988年、トム・クルーズ主演映画『カクテル』の主題歌となった「Kokomo」(マイク・ラヴ、テリー・メルチャーら共作)が全米1位を記録。「Good Vibrations」以来22年ぶりとなる全米ナンバーワンに輝き、同年にはロックの殿堂入りを果たした。

1998年にはバンドの精神的支柱であった三男カール・ウィルソンが肺がんにより51歳で他界。バンドはマイク・ラヴ率いるツアー編成と、ソロ活動を本格化させたブライアン・ウィルソンらへと分岐した。ブライアンは2004年に幻のアルバム『Smile』をソロ名義で奇跡的に完成させて世界中に感動を与えた。さらに2012年には結成50周年を記念してブライアン、マイク、アル、ブルース、デヴィッドが再結集し、新作『That's Why God Made the Radio』の発表と世界ツアーを成功させた。

音楽的な特徴と後世への遺産

The Beach Boysの音楽的遺産は、単なるサーフ/ホットロッドのポップ・アイコンにとどまらない。第一に、フォー・フレッシュメンやドゥーワップの技法を昇華させた複雑なテンション・コードとカウンター・メロディによる精緻極まる声楽アンサンブル。第二に、スタジオそのものをひとつの楽器として扱い、テルミン、チェンバロ、犬笛、ボトルなど多彩な音響を織り交ぜて空間をデザインしたブライアン・ウィルソンの前衛的プロデュースワークである。

彼らが切り拓いたポップ・ミュージックの可能性は、ビートルズやピンク・フロイドをはじめ、フリート・フォクシーズ、ハイ・ラマズ、エレファント6周辺のUSインディー・ロック、さらには日本の渋谷系に至るまで、時代と国境を越えてあらゆる音楽家に決定的なインスピレーションを与え続けている。

ジャンル・スタイル

Pop Rock Pop Rock Psychedelic Rock Rock & Roll Surf Vocal
Share

こちらもおすすめ

toast