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The Jackson 5(ジャクソン5/後にThe Jacksons)は、アメリカ合衆国インディアナ州ゲーリー出身の兄弟ボーカルグループである。長男ジャッキー、次男ティト、三男ジャーメイン、四男マーロン、五男マイケル(後に末弟ランディが加入)のジャクソン兄弟によって結成された。1969年に名門モータウン・レコードからメジャーデビューを果たすと、デビューシングルから4曲連続で全米ビルボードチャート1位を獲得するというポピュラー音楽史上初の快挙を達成した。
あどけなくも天才的な表現力を誇った少年マイケル・ジャクソンのボーカルとエネルギッシュなダンス、洗練されたアンサンブルを武器に「バブルガム・ソウル」の頂点を極め、人種や世代の壁を超えて社会現象を巻き起こした。後にエピック・レコードへ移籍して「ザ・ジャクソンズ」へと改名し、自作自演のディスコ/ファンク期を経て、現代に至るボーカルグループ/ボーイズグループの原型を確立した伝説的グループである。
グループの歴史は1964年、工業都市インディアナ州ゲーリーで始まった。自身も元R&Bギタリストであった厳格な父ジョセフ・ジャクソンが息子たちの音楽的素質を見出し、過酷な特訓を課してグループを結成させた。当初はギターのティト、ベースのジャーメイン、ボーカルのジャッキーによるトリオだったが、幼いマーロンとマイケルが加わり5人編成となる。とりわけ5歳で加入したマイケルは、ジェームス・ブラウンやジャッキー・ウィルソンを彷彿とさせる並外れた歌唱力とリズム感を披露し、瞬く間にリードボーカルの座を射止めた。
兄弟は「チトリン・サーキット」と呼ばれる黒人向けクラブやストリップ劇場を巡りながら実力を磨き、シカゴのリーガル・シアターやニューヨーク・ハーレムのアポロ・シアターで開催されたアマチュア・ナイトで次々と優勝を飾った。1968年には地元インディーズのスティールタウン・レコードから「Big Boy」をリリースし、着実にその名を広げていった。
グラディス・ナイトやボビー・テイラーらの推薦を受け、1968年7月、デトロイトのモータウン・スタジオで創設者ベリー・ゴーディ・ジュニアの前でオーディションを行った。ゴーディはその桁外れの才能に驚嘆し、即座に契約を結んだ。ダイアナ・ロスが後見人を務める演出のもと、1969年10月にデビューアルバム『Diana Ross Presents The Jackson 5』を発表する。
ゴーディ自身が率いる制作チーム「ザ・コーポレーション」(ベリー・ゴーディ、フレディ・ペレン、アルフォンソ・マイゼル、ディーク・リチャーズ)が手掛けた楽曲群は、世界中に爆発的なブームを巻き起こした。デビュー曲「I Want You Back」(1969年)を皮切りに、「ABC」(ビートルズの「Let It Be」を首位から引きずり下ろした)、「The Love You Save」、「I'll Be There」(当時のモータウン史上最高セールスを記録)の4曲が連続でビルボードHot 100の1位を獲得。これは全米チャート史上、新人のデビュー曲としては前人未到の歴史的記録となった。
アニメシリーズの放映や無数のキャラクターグッズが作られるなど「ジャクソンマニア」と呼ばれる社会現象へと発展し、黒人少年グループとして初めて全米の白人層をも熱狂させるクロスオーバー・スターとなった。
1970年代半ばを迎えると、青年へと成長したメンバーたちは自作曲のレコーディングや制作の主導権を求めるようになる。しかし、厳格な分業制とヒットの方程式を崩さないモータウン首脳陣との対立が先鋭化。1975年、グループはより創作の自由度と印税率の高いエピック・レコード(CBS)への移籍を決断した。
「ジャクソン5」の商標と過去の音源権利はモータウンが保持していたため、彼らはグループ名を「The Jacksons(ザ・ジャクソンズ)」へと改名。さらにベリー・ゴーディの娘と結婚していたジャーメインがモータウン残留を選んで離脱したため、最年少の末弟ランディ・ジャクソンが正式加入して新体制がスタートした。
エピック移籍当初は、ギャンブル&ハフ率いる名門フィラデルフィア・インターナショナルと組み、「Enjoy Yourself」や「Show You the Way to Go」などのフィリー・ソウル/ディスコのヒットを放った。そして1978年のアルバム『Destiny』において、兄弟自身による全曲セルフプロデュースと作詞作曲の権利を勝ち取る。
同作からは「Blame It on the Boogie」や「Shake Your Body (Down to the Ground)」といった不朽のディスコ/ファンククラシックが誕生し、プラチナディスクを獲得。続く1980年のアルバム『Triumph』でも「Can You Feel It」や「Heartbreak Hotel(This Place Hotel)」など先進的なシンセ・ファンクを展開し、グループが優れたソングライター/プロデューサー集団であることを証明した。この時期の実験と成功は、マイケルがソロとして『Off the Wall』(1979年)や『Thriller』(1982年)で世界的スーパースターへと飛翔するための強固な土台となった。
1983年5月、モータウン設立25周年記念特番『Motown 25: Yesterday, Today, Forever』に出演。残留していたジャーメインを含むジャクソン兄弟がステージ上で再集結し、往年の大ヒットメドレーを披露して全米の視聴者を熱狂させた。この直後にマイケルが披露した「Billie Jean」でのムーンウォークは音楽史を揺るがす伝説となった。
1984年にはジャーメインが復帰した6人兄弟編成でアルバム『Victory』を発表。ミック・ジャガーとのデュエット曲「State of Shock」などを収録し、全米の巨大スタジアムを巡る「Victory Tour」は約200万人を動員する空前の興行となった。同ツアーの終了とともにマイケルとマーロンがグループからの離脱を表明し、兄弟グループとしての活動は大きな節目を迎えた。
The Jackson 5およびThe Jacksonsは、1997年に「ロックの殿堂」、1999年に「ボーカルグループの殿堂」入りを果たした。彼らが確立した、卓越したリードシンガーを据えた家族/少年ボーカルグループのスタイルは、ニュー・エディション、ボーイズIIメン、ニュー・キッズ・オン・ザ・ブロック、バックストリート・ボーイズ、イン・シンク、さらには現代のBTSをはじめとするK-POPグループに至るまで、後世のあらゆるポップ・グループの青写真(ブループリント)となっている。
モータウンが誇る最高峰のリズム隊が生み出した躍動感あふれるベースラインとホーンセクション、そしてマイケルの無垢で圧倒的なボーカルワークは、ヒップホップでの無数のサンプリング(ナズの「Oochie Wally」やクリス・クロスなど)を通じて今なお世界中で愛され続けている。