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The S.O.S. Bandは、1977年にアメリカ・ジョージア州アトランタで結成されたR&B/ファンク/エレクトロ・ソウル・グループだ。もともとは「Santa Monica」という名前で活動していたが、「Take Your Time (Do It Right)」の録音中に、プロデューサーのSigidi Bashir Abdullahによって「The S.O.S. Band」へ改名された。この“S.O.S.”は「Sounds of Success」の頭文字をとったものとされている。
バンドはアトランタのクラブや「Regal Room」のハウスバンドとして活動し、地元で高い演奏力と評判を集めていた。女性リード・シンガーのMary Davis、キーボードとヴォーカルのJason Bryant、トランペットとパーカッション、ヴォーカルのAbdul Ra'oof、ギタリストのBruno Speight、ベーシストのJohn Simpson、サックスのBilly EllisとWillie Killebrew、ドラムのJames Earl Jones IIIらが初期メンバーとして名を連ねている。
当時マネジメントを手がけていたBunny Jackson-RansomがデモテープをTabu Recordsの創設者Clarence Avantに送り、契約を獲得。こうしてメジャー・デビューへの道が開かれた。
1980年にリリースされたデビュー・シングル「Take Your Time (Do It Right)」は、SigidiとHarold Claytonが共作したアップテンポなディスコ/ブギー・ファンクで、全米ビルボードR&Bチャートで5週連続1位、総合Hot 100でも最高3位を記録。RIAAから200万枚以上のセールスを示すプラチナ・ディスク認定を受ける爆発的ヒットとなった。
同曲を収録したデビュー・アルバム『S.O.S.』(1980年)もR&Bアルバム・チャート2位、総合チャート23位を記録しゴールド・ディスクを獲得。続く『Too』(1981年)、『S.O.S. III』(1982年)では、デビュー曲ほどの爆発的セールスには至らなかったものの、確かな演奏力を持つファンク・バンドとしてのアンサンブルを深化させていった。
1983年、Clarence Avantの仲介により、当時Prince率いるThe TimeのメンバーだったJimmy JamとTerry Lewisをプロデューサーに迎えて第4作『On the Rise』を制作した。このセッションから生まれた「Just Be Good to Me」は、80年代エレクトロ・ファンク屈指のクラシックとして知られる。
この曲の制作時、アトランタのMastersound Studiosにいたジャム&ルイスは、突如見舞われた猛吹雪で空港が閉鎖され、The Timeがテキサス州サンアントニオで行う予定だったPrinceのツアー前座公演に合流できなくなった。無断での外部制作に激怒したPrinceによって2人はThe Timeを解雇されたが、これを機に「Flyte Tyme Productions」として独立し、一躍トップ・プロデューサーへの階段を駆け上がることになる。
「Just Be Good to Me」は全米R&Bチャート2位、全英シングル・チャート13位を記録。Roland TR-808の沈み込むような重低音ビートと冷涼なシンセサイザー、そしてMary Davisの哀愁漂う気品ある歌声が見事に融合し、生演奏中心のファンクから打ち込みによる80年代エレクトロ・ファンク/ミネアポリス・サウンドへと時代を切り開く転換点となった。同作からはスロウの名曲「Tell Me If You Still Care」(全米R&Bチャート5位)も生まれている。
続く『Just the Way You Like It』(1984年)でもジャム&ルイスとの強力なタッグは継続し、タイトル曲(R&Bチャート6位)のほか、「No One's Gonna Love You」「Weekend Girl」などを収録。ヘヴィなファンクのリズムと洗練されたミディアム・バラードでアーバンな質感を確立した。
1986年の第6作『Sands of Time』は、ジャム&ルイス期、そしてバンドの全盛期の到達点と評される傑作だ。同アルバムからはAlexander O'Nealとのデュエット曲「The Finest」が全米R&Bチャート2位、ダンス・シングル・セールス・チャート1位を記録。「Borrowed Love」(R&Bチャート14位)のヒットとともに、アルバム自体もゴールド・ディスクを獲得した。
1987年、バンドの象徴であったリード・ヴォーカルのMary Davisがソロ活動のためグループを離脱。1990年にL.A. Reid & Babyfaceらがプロデュースを手がけたソロ・アルバム『Separate Ways』を発表した。
バンドは後任ヴォーカルとしてChandra Currellyを迎え、『Diamonds in the Raw』(1989年)、『One of Many Nights』(1991年)をリリースした。その後1994年にはMary Davisがバンドへ復帰を果たし、Abdul Ra'oofらとともに再結成して息の長いライヴ活動を続けている。
The S.O.S. Bandのサウンドは、アトランタ発の骨太な生演奏ファンクのグルーヴを土台に、ジャム&ルイスによる最先端のTR-808やシンセサイザーのプログラミングが組み合わさったハイブリッドな音楽性にある。Mary Davisの力強くも豊かなアルト・ヴォーカル、Abdul Ra'oofのトランペットとコーラス、Jason Bryantのキーボードが独自のカラーを形成した。
彼らが築いたエレクトロ・ファンクの作法は、のちのニュージャックスウィングや90年代以降のR&B/ヒップホップに決定的な影響を与えた。特に「Just Be Good to Me」は、1990年にNorman Cook率いるBeats Internationalが「Dub Be Good to Me」として引用し全英1位を獲得したほか、2Pacの「I Rather Be Ya N.I.G.G.A.」、Mariah Carey、Usherなど無数のアーティストによってサンプリングやカバーが重ねられ、不朽のダンス・クラシックとして生き続けている。