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原田芳雄は、1940年2月29日に東京で生まれ、2011年7月19日に東京で亡くなった日本の俳優・歌手だ。映画俳優としての活動がよく知られているが、1970年代以降は歌手としても作品を残している。ジャンル表記ではPop、Funk / Soulに入るが、実際の音楽活動ではブルース寄りの歌唱が目立つ。
1962年に俳優座養成所へ入団し、15期生として学んだ。後にこの世代は「花の15期生」と呼ばれる。1968年公開の『復讐の歌が聞こえる』で映画デビューし、その後は『赤い鳥逃げた?』『竜馬暗殺』『田園に死す』『祭りの準備』『ツィゴイネルワイゼン』『どついたるねん』などに出演した。
1971年には俳優座の体質を批判して、市原悦子や中村敦夫らとともに退団している。以後は、はぐれ者やアウトロー的な人物を演じることが多く、精悍な風貌と合わせて強い印象を残した。1970年代の日本映画を語るうえで、名前が挙がることの多い俳優の一人だ。
歌手としての活動は1976年頃から始まっている。俳優業と並行しながら、アルバム『LAST ONE』『オールド・ドッグ』『横浜ホンキー・トンク・ブルース』などを発表した。楽曲では「TROUBLE MAMA」「横浜ホンキー・トンク・ブルース」などが知られている。
歌声は、渋みのあるブルージーな質感で語られることが多い。演歌的な方向へ寄せるのではなく、ブルースやロックの空気を持った歌い方で、自分の俳優像ともつながる音楽を出していた。
原田芳雄の音楽は、派手な技巧を前面に出すタイプではない。低めの声で、言葉を置くように歌う場面が多く、ブルース・ミュージシャンとしてライブ活動も行っていた。作品名や楽曲名からもわかる通り、都会の夜や酒場の空気に近い題材と相性がよかったように見える。
Pop、Funk / Soulという分類に入っているが、実際にはそうした枠にきっちり収まるというより、俳優としての存在感をそのまま歌に持ち込んだタイプだ。演じる役柄と音楽のイメージが近く、アウトローな人物像とブルース寄りの楽曲が結びついていた。
2008年に大腸がんの手術を受け、その後は抗がん剤治療を続けながら俳優活動を続けた。晩年は末期がんの状態で余命宣告を受けていたことが、後になって明らかになっている。死去の8日前には、遺作となった映画『大鹿村騒動記』のプレミア試写会に車椅子で登壇した。
2011年7月19日、腸閉塞と肺炎の併発により71歳で亡くなった。俳優としての活動が中心に見られがちだが、歌手として残した作品やライブ活動も、原田芳雄の活動歴をたどるうえで外せない部分だ。
原田芳雄は、俳優としての顔と歌手としての顔が分かれているというより、どちらも同じ人物像の延長にある人だ。映画で見せた硬さや孤独感が、そのまま歌にも出ている。