原田芳雄 - ファースト・アルバム Last One (1977)
原田芳雄『ファースト・アルバム Last One』について
原田芳雄の『ファースト・アルバム Last One』は、1977年に日本でリリースされたデビュー作である。俳優として強い印象を残していた原田が、歌手としてまとまった形で作品を残した最初期の一枚で、タイトルの「Last One」には「最後のつもりで作った」という意味合いが込められている。単なる余技ではなく、原田芳雄という人物の輪郭を、そのまま音楽に置き換えたようなアルバムとして語られてきた作品だ。
この盤はDiscomateのDSK-5001。1975年に設立されたTBSグループ系のレーベルで、販売はビクター系に委託されていた。70年代後半の日本の音楽業界では、テレビ、映画、出版、レコードの境界が今よりもずっと近く、その空気感がこの作品にもはっきり出ている。原田自身が俳優でありながら、歌の場では別の表現者として立っていたことが、このアルバムの大きな特徴になっている。
制作陣に見える1970年代後半の交差点
このアルバムには、藤田敏八、桃井かおり、阿木燿子、宇崎竜童、西岡恭蔵、坂田晃一ら、映画・音楽・文学の周辺で活動していた作家たちが関わっている。名前を並べるだけでも、当時の東京の文化がどれだけ横断的だったかが見えてくる。映画の現場で生まれた感覚、歌謡曲の書法、ロックやブルースの語法がひとつの作品の中で交差している構図だ。
原田芳雄という歌い手の立ち位置も、この制作陣とよく噛み合っている。いわゆる技巧を前面に出すタイプというより、言葉の置き方や声の質感で場面を作るタイプで、その意味では同時代の俳優出身シンガーの中でも独特の存在感がある。日本の70年代の男性歌手の流れで見ると、演歌的な伸びやかさとも、ニューミュージック的な整い方とも少し違う、泥のついたような歌の空気がある。
収録曲に残る原田芳雄らしさ
収録曲の中では、原田が出演した日活ニューアクション作品へのオマージュとして語られる「帰らぬあいつら」が印象的な一曲として知られている。また、原田自身が作曲した「青い蝶(ブルーバタフライ)」も含まれており、演じる側だけではない本人の表現が前に出ている。俳優としてのキャリアに寄りかかった企画盤ではなく、原田芳雄の内側にある感情や記憶を歌にして並べたアルバムという見方ができる。
タイトル曲の「Last One」も、この作品の性格をよく示している。華やかなヒット狙いというより、ひとつの決意表明のような重さがある。曲ごとの役割がはっきりしていて、歌詞の言葉数や間の取り方にも、舞台や映画で鍛えられた人物ならではの呼吸が感じられる。聴き進めるほどに、原田芳雄の声が「歌う声」というより「語る声」として立ち上がってくる。
同時代の文脈で見る一枚
1977年という年は、日本のポップスやロックが成熟に向かう時期でもあった。シティ・ポップの洗練や、フォーク/ニューミュージックの内省、ロックの土着性がそれぞれ別の方向に伸びていた中で、このアルバムはそのどれにもきれいに回収されない。むしろ、映画の匂い、夜の街の空気、ブルースやソウルの重さを含んだ、日本独自の歌のあり方を示している。
後年、2011年の初CD化では「EMI邦楽ロックの1stアルバム」を集めた再発企画の一枚として扱われ、歴史的な価値があらためて見直された。オリジナル盤が出た当時にすでに完成された個性を持っていた作品だが、時間がたつほどに、俳優原田芳雄の“脇”ではない、音楽作品としての輪郭がはっきりしてきた印象がある。
まとめ
『ファースト・アルバム Last One』は、原田芳雄が歌手として残した出発点であり、同時に「最後のつもり」で作られたからこその緊張感を持った作品である。豪華な作家陣、映画との近い距離、ブルージーな歌の手触り、そして俳優としての身体感覚。そうした要素が、1977年の日本の空気の中で一枚にまとまっている。原田芳雄のディスコグラフィーをたどるうえでも、70年代の日本語ロック/ポップスを眺めるうえでも、外せない位置にあるアルバムだ。
トラックリスト
- A1 いとこ同志
- A2 風が吹きます
- A3 斜
- A4 帰らぬあいつら
- A5 プカプカ
- A6 原田芳雄のこもりうた
- B1 青い蝶
- B2 赤坂・一ッ木・どん底周辺
- B3 花づくし
- B4 ひとりがたりの赤い爪
- B5 地中海ラヴ・ソング
- B6 川向こうのラスト・デイ