Asha Puthli

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Asha Puthli

Asha Puthliとは

Asha Puthliは、インド・ボンベイ出身のシンガー、プロデューサー、女優だ。1945年生まれで、幼少期からインド古典音楽やオペラに親しみ、その後ジャズやフュージョンへと活動の幅を広げていった。ジャズ・インプロヴィゼーションとワールドミュージックの訓練を受けている点も特徴的だ。

活動の出発点

彼女のキャリアにおいて大きな転機になったのは、振付家Martha Grahamの下で学ぶダンスの奨学金を得てニューヨークに渡ったことだ。そこで音楽と舞台の両方に関わる環境に入り、表現の場を広げていった。

1970年にはCBSレコードと契約し、その後はブルース、ポップ、ロック、ソウル、ファンク、ディスコ、テクノまで、かなり広い範囲の音楽に関わっていく。ひとつのジャンルに収まらない活動歴を持つアーティストだ。

音楽的な特徴

Asha Puthliの音楽は、ソウルやファンクを軸にしながら、ジャズやディスコの要素も含んでいる。1973年には、Elton Johnのプロデューサーとして知られるDel Newmanと組んでセルフタイトル・アルバムを制作している。この時期の作品は、彼女の幅広い音楽経験がそのまま出ている部分としてチェックしやすい。

1970年代にはStudio 54を象徴するディスコ・シーンとも結びつき、当時のダンス・ミュージックの空気とも近い場所にいた。音楽面だけでなく、ファッションやアートの文脈でも存在感を持っていたことが分かる。

映像作品やアートとの関わり

彼女は音楽だけでなく映像作品にも出演している。Merchant Ivory製作の映画『Savages』に関わり、楽曲提供も行っている。この作品はインド国内では衣装を理由に上映禁止になったとされている。

また、Manolo Blahnikの衣装をまとい、Andy Warholに撮影されるなど、当時のアートやファッションのシーンとも接点を持っていた。Asha Puthliは、歌手としての活動に加えて、70年代のカルチャー全体の中に名前が残っているアーティストだ。

後の世代への影響

1976年の楽曲「Space Talk」を含む1970年代の楽曲群は、90年代以降のヒップホップで数多くサンプリングされている。The Notorious B.I.G.、Jay-Z、The Neptunesといったアーティストやプロデューサーの作品に取り入れられてきた。

こうした使われ方を見ると、Asha Puthliの音源は、当時のソウルやファンクの枠を超えて、後のヒップホップ制作でも参照されてきたことが分かる。近年再評価が進んでいる背景にも、こうしたサンプリングの積み重ねがある。

現在の見られ方

インド出身でありながら、ニューヨークを拠点にジャズ、ソウル、ファンク、ディスコへと活動を広げ、さらに映像やアートの領域にも関わったAsha Puthliは、東西の音楽文化を横断する存在として語られている。作品を追うと、ジャンルの移動と時代ごとの接点がはっきり見えてくる。

関連サイトや過去の資料をたどると、彼女の活動は単なるディスコ歌手という枠では収まらない。70年代のクラブ・カルチャー、サンプリング文化、そしてインド出身アーティストの国際的な活動史をつなぐ人物として見ておくと分かりやすい。

ジャンル・スタイル

Funk / Soul Funk Soul
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