Asha Puthli - The Devil Is Loose (1976)
Asha Puthli『The Devil Is Loose』(1976) レビュー
アシャ・プトリは、インドのボンベイ出身で、古典声楽とジャズ・インプロヴィゼーションの訓練を受けたうえで米国へ渡ったシンガー、プロデューサー、女優である。キャリアの初期にはオーネット・コールマン『Science Fiction』に参加し、ジャズの文脈に名を残したのち、70年代半ばにはソウル、ファンク、ディスコの感覚を取り込んだ作品へと歩を進めた。その流れの中で1976年に発表されたのが『The Devil Is Loose』だ。UK CBS盤として出た本作は、彼女のディスコ/ファンク志向がもっとも明確に表れたアルバムとして扱われることが多い。
ジャズ出身の歌い手が、クラブ向けのビートへ向かった作品
前作までの彼女の音楽には、ジャズ・ヴォーカリストとしての身のこなしと、ロックやソウルをまたぐ感覚が同居していた。この『The Devil Is Loose』では、その土台の上に、さらに明確なダンス・ミュージックの推進力が加わる。制作はベルリンのハンザ・スタジオで行われ、空気感のある録音の中に、タイトなリズムと滑らかな歌が置かれている。歌の運びは技巧的だが、楽曲の芯はかなりはっきりしていて、ジャズの自由さよりも、反復するビートの上でどこまで声を伸ばせるかに重心がある。
タイトル曲「The Devil Is Loose」は、その方向性を端的に示す代表曲だ。硬質なベースとディスコ寄りのリズムの上で、アシャ・プトリの声が前へ出たり引いたりしながら進む。メロディは耳に残りやすく、同時に、声のフレーズにはジャズ由来の跳ね方が残る。「Space Talk」も本作を語るうえで外せない。のちにレアグルーヴやクラブ文脈で掘り返され、デヴィッド・マンキューソ主催の伝説的パーティー「The Loft」でプレイされたことをきっかけに広く知られるようになった。さらに後年、ヒップホップの文脈でもサンプリングされ、曲単体の寿命が長く伸びた。
当時の空気と、のちの再評価
1970年代半ばは、ソウル、ファンク、ディスコが互いに影響し合いながら、クラブ・ミュージックの輪郭を固めていった時期だった。その中で本作は、シンガーの技巧を前面に出しつつ、ダンスフロアで機能するリズムをきちんと持った作品として置かれている。ジャズ畑の歌い手がファンクやディスコに接近した例としては、ロバータ・フラックやロレッタ・ヘイウッド周辺の感触を連想する向きもあるが、アシャ・プトリの場合は、インド出身の声とジャズ訓練がそのまま異なる響きを作っている点が大きい。
本作の評価は、発売当時のチャート的な成功よりも、後年の再発見で強く押し上げられた面がある。NYタイムズが「即座にクラシック」と評したというエピソードや、批評家ロバート・パーマーが彼女の歌唱を高く評価したことも伝わっている。実際、アルバム全体を通して聴くと、単に“踊れる”だけでなく、声の線がリズムに対して独特の角度を持っているのがわかる。そこが、のちにクラブDJやサンプリングの制作者たちを引き寄せた理由のひとつだろう。
UK CBS盤という位置づけ
このUK CBS盤は1976年のオリジナル・リリースで、アシャ・プトリの70年代中盤の転換点をそのまま刻んだ一枚である。CBSという当時の国際的なレーベルから出たことで、インド系ボーカリストの作品が欧州圏のソウル/ファンクの流通網に乗った形でもある。アルバム単位で見ると、彼女のキャリアの中では、ジャズの出自とクラブ向けの感覚がもっともはっきり接続した時期の記録として読める。収録曲「Space Talk」がのちにレアグルーヴの定番として扱われた事実も、この作品の持続力をよく示している。
『The Devil Is Loose』は、歌唱の技巧、クラブ対応のグルーヴ、そして70年代中盤の国際的なソウル/ファンクの空気が、ひとつのアルバムにまとまった作品である。アシャ・プトリの名を単なるジャズ・シンガーの枠に閉じず、ダンス・ミュージック史の側からも見直すきっかけになる一枚だ。
トラックリスト
- A1 Flying Fish 5:03
- A2 The Devil Is Loose 3:31
- A3 Hello Everyone 2:56
- A4 Wonder Why 3:07
- A5 My Buddy And Me 3:51
- B1 Say Yes 4:22
- B2 Space Talk 5:27
- B3 Our Love Is Making Me Sing 3:14
- B4 Good Night 3:23