Jamiroquai

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Jamiroquai

Jamiroquaiとは

Jamiroquai(ジャミロクワイ)は、1992年にロンドンで結成されたイギリスのファンク/アシッド・ジャズ/ポップ・バンドである。カリスマ的フロントマンのジェイ・ケイ(Jay Kay)を中心に活動し、バンド名は即興演奏を意味する「Jam Session」と、ネイティブ・アメリカンの部族「イロコイ族(Iroquois)」を掛け合わせた造語に由来する。全世界で通算3,500万枚以上のアルバム・セールスを記録し、グラミー賞、MTV Video Music Awards、BRITアワード、アイヴァー・ノヴェロ賞など数々の栄冠を手にしてきた。

サンプリングや打ち込みが席巻していた1990年代初頭のクラブ・シーンにおいて、生演奏のグルーヴと高度なアンサンブルを武器に登場。スティーヴィー・ワンダー直系の70年代ファンクやソウル、ジャズ・フュージョンの豊潤な響きをダンス・フロアへと接続し、アンダーグラウンドのアシッド・ジャズ・ムーブメントを世界規模のスタジアム・ポップへと飛躍させた90年代以降を代表する最重要アクトである。

結成とアシッド・ジャズの勃興(1992年〜1993年)

結成のきっかけは、ジェイ・ケイがブラン・ニュー・ヘヴィーズのボーカル・オーディションに落選したことにある。自身の理想とするバンドを結成すべく動いた彼は、運命的なパートナーとなるキーボード奏者トビー・スミス(Toby Smith)と出会い、楽曲制作を開始。1992年、ジャイルス・ピーターソン主宰のインディ・レーベルAcid Jazz Recordsからデビュー・シングル「When You Gonna Learn」をリリースした。環境破壊への警鐘と先住民族の精神性を訴えるリリック、アボリジニの民族楽器ディジュリドゥ(演奏:ウォリス・ブキャナン)とグルーヴィな生演奏ファンクの融合はクラブ・シーンに鮮烈な衝撃を与えた。

この反響を受け、ソニー(Sony Soho Square / S2)と異例のアルバム8枚に及ぶ大型契約を締結。1993年に発表した1stアルバム『Emergency on Planet Earth(エマージェンシー・オン・プラネット・アース)』は、天才ベーシストのスチュアート・ゼンダー(Stuart Zender)やドラマーのニック・ヴァン・ゲルダーらを擁し、全英アルバム・チャート初登場1位を獲得した。「Too Young to Die」や「Blow Your Mind」といった楽曲でみせる洗練されたコード進行と生々しいアンサンブルは、ロンドンのアシッド・ジャズ・シーンの頂点を示す金字塔となった。

世界的ブレイクと『Travelling Without Moving』の金字塔(1994年〜1997年)

1994年の2ndアルバム『The Return of the Space Cowboy(スペース・カウボーイの逆襲)』では、新ドラマーにデリック・マッケンジー(Derrick McKenzie)が加入。タイトル曲「Space Cowboy」や「Light Years」「Stillness in Time」など、憂いを帯びたメロウネスとタイトなリズム隊が融合した深遠なジャズ・ファンクを完成させ、ヨーロッパや日本でプラチナムを獲得した。

そして1996年、ギタリストのサイモン・カッツとパーカッションのソラ・アキンボラを迎えて制作された3rdアルバム『Travelling Without Moving(トラベリング・ウィズアウト・ムービング)』で、世界的なポップ・スーパースターの地位を確立する。ジョナサン・グレイザー監督による動く床のミュージック・ビデオが社会現象となった名曲「Virtual Insanity」は、1997年のMTV Video Music Awardsで最優秀ビデオ賞(Video of the Year)を含む4冠に輝き、1998年の第40回グラミー賞で最優秀ポップ・パフォーマンス賞を受賞。「Cosmic Girl」や「Alright」のメガヒットも手伝い、同作は全世界で800万枚以上を売り上げ、「ギネス世界記録において『史上最も売れたファンク・アルバム』」として認定された。ジェイ・ケイのスーパーカー愛を反映し、フェラーリのエンブレムをパロディ化したバッファローマン・ロゴもこの時期に世界中で認知された。

ディスコ/エレクトロへの進化と変革期(1998年〜2002年)

1998年、映画『GODZILLA』の主題歌「Deeper Underground」でバンド初の全英シングル・チャート1位を獲得。しかし直後、看板ベーシストのスチュアート・ゼンダーが制作上の衝突から電撃脱退し、制作中だった大半の音源が破棄される事態に見舞われる。新ベーシストにニック・ファイフを迎えて急ピッチで再録された4thアルバム『Synkronized(シンクロナイズド)』(1999年)は全英1位を記録。「Canned Heat」や「Supersonic」に見られるように、初期の生々しいアシッド・ジャズから、煌びやかなディスコ・ファンクやエレクトロニック・ダンス・ミュージックへとサウンドを大胆に拡張した。

続く5thアルバム『A Funk Odyssey(ファンク・オデッセイ)』(2001年)も全英1位を獲得し、「Little L」や「Love Foolosophy」の大ヒットを記録。フレンチ・タッチやフィルタード・ハウスのビート感を巧みに取り込み、2000年代初頭のダンス・フロアを席巻した。しかし2002年、結成時からの音楽的頭脳であり、ジェイ・ケイとともに数々の名曲を生み出したキーボード奏者のトビー・スミスが家族との時間を優先するためにバンドを脱退(後に2017年に逝去)。バンドは大きな転換点を迎えた。

強靭なライヴ・バンドとしての成熟と新境地(2005年〜現在)

結成メンバーの離脱を乗り越え、6thアルバム『Dynamite(ダイナマイト)』(2005年)では、名手ポール・ターナー(ベース)、ロブ・ハリス(ギター)、マット・ジョンソン(キーボード)が定着。「Seven Days in Sunny June」や「Feels Just Like It Should」がヒットし、世界屈指の強靭なライヴ・アンサンブルを誇るバンドとして体制を再構築した。

ユニバーサル移籍後の7thアルバム『Rock Dust Light Star』(2010年)では初期のオーガニックなバンド・アンサンブルへの回帰を図り、7年のインターバルを経て発表された8thアルバム『Automaton(オートマトン)』(2017年)では、LEDが光る未来的なヘッドギアを纏い、近未来SF的なシンセ・ファンク/エレクトロ・ポップを展開。欧州アリーナ・ツアーやコーチェラ・フェスティバル等で圧倒的な動員力を誇り、デビューから四半世紀以上を経ても色褪せない生命力を証明した。

音楽的革新性、ビジュアル・アイコン、後世への影響

ジャミロクワイの功績は、70年代のブラック・ミュージックが持つ温かみと演奏力を、90年代以降のダンス・カルチャーやポップ・フォーマットへ鮮やかに橋渡しした点にある。スチュアート・ゼンダーによる弾力的なベースライン、トビー・スミスが奏でるフェンダー・ローズの甘美なボイシング、ウォリス・ブキャナンのディジュリドゥによる大地のリズム、そしてジェイ・ケイの類まれなグルーヴ感覚とハスキーな高音ボーカルは、唯一無二のオリジナリティを確立した。

その影響力はジャンルや世代を軽やかに飛び越えている。タイラー・ザ・クリエイター(Tyler, the Creator)やアンダーソン・パーク(Anderson .Paak)、ファレル・ウィリアムス、ブルーノ・マーズ、SZA、マック・ミラー、ケンドリック・ラマーら、現代の音楽シーンの主役たちがこぞってジャミロクワイからの多大な影響と敬意を公言している。巨大なツバのハットやインディアン・ヘッドドレス、そしてトレードマークである「バッファローマン(Buffalo Man)」ロゴを含め、彼らが築き上げたスタイルは、現代のポップ・カルチャーに不滅のアイコンとして刻み込まれている。

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