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King Crimson(キング・クリムゾン)は、1968年にロンドンで結成されたイギリスのプログレッシブ・ロック・バンドである。ギタリストのRobert Fripp(ロバート・フリップ)を一貫した中心人物および主宰者とし、半世紀以上にわたる歴史の中で解散と再編を繰り返しながら、ロックの概念そのものを拡張し続けた。
フリップ自身が「キング・クリムゾンとはバンドの名前ではなく、音楽を創造するための方法論(a way of doing things)である」と定義するように、特定のジャンルや固定されたメンバーシップに安住することを徹底して拒絶。初期の壮大なシンフォニック・ロックから、70年代中期の凶暴なアヴァンギャルド・即興演奏、80年代のミニマル・ミュージックやニュー・ウェイヴと融合したポリリズム、90年代以降の重厚な「ダブル・トリオ」や「フラクタル化」、そして晩年の変則的「3ドラマー体制」に至るまで、常に自らの過去を破壊しながら前人未到のサウンドを切り拓いてきた。その妥協なき音楽的冒険は、プログレッシブ・ロックの枠組みを超え、ヘヴィ・メタル、オルタナティヴ・ロック、グランジ、ポスト・ロック、マスロックなど後世のあらゆる先鋭的音楽に計り知れない影響を与えている。
1968年末、前身バンドであるGiles, Giles and Frippの解散を経て、Robert Fripp(ギター)、Michael Giles(ドラムス)、Ian McDonald(キーボード、木管楽器)、Greg Lake(ベース、ボーカル)、そして作詞および照明担当のPeter Sinfield(ピート・シンフィールド)の5人によってキング・クリムゾンが結成された。1969年7月5日、ロンドンのハイド・パークで開催されたザ・ローリング・ストーンズのフリー・コンサートにおいて、約50万人の観衆を前に圧倒的な演奏を披露し、瞬く間に英国ロック・シーンの最前線に躍り出る。
同年10月に発表されたデビュー・アルバム『In the Court of the Crimson King(クリムゾン・キングの宮殿)』は、ロック史を塗り替える金字塔となった。The WhoのPete Townshendが「恐るべき傑作(an uncanny masterpiece)」と激賞した本作は、Barry Godberが描いた恐怖に歪む顔のジャケットとともに世界的な衝撃を与えた。激烈な歪んだヴォーカルと変拍子、ジャズ的インタープレイが疾走する「21st Century Schizoid Man(21世紀の精神異常者)」、メロトロンの壮大な響きと悲壮なリリシズムが交錯する「Epitaph(墓碑銘)」など、クラシック、ジャズ、フォークを高次元で融合させた構築美は、プログレッシブ・ロックというジャンルの決定的な夜明けを告げた。
しかし、初のアメリカ・ツアー中にマクドナルドとジャイルズが脱退し、直後にレイクもKeith EmersonらとのEmerson, Lake & Palmer結成のために離脱。フリップは残されたシンフィールドとともにバンドの存続を図り、ゲスト陣を迎えて『In the Wake of Poseidon(ポセイドンのめざめ)』(1970年)、フリー・ジャズの異能Keith Tippettを迎えてダークな即興と前衛性を突き詰めた『Lizard(リザード)』(1970年)、Boz BurrellやIan Wallaceとともに室内楽的で静謐なリリシズムを探求した『Islands(アイランズ)』(1971年)を相次いで発表するが、メンバー間の音楽的相違から1972年春の全米ツアーを最後に初期編成は瓦解した。
1972年中盤、フリップは従来のシンフォニックな叙情性を完全に脱ぎ捨て、全く新しいラインナップでクリムゾンを再編する。Yesから電撃移籍した驚異的なドラマーのBill Bruford(ビル・ブルーフォード)、力強いベースとエモーショナルな歌唱を誇るJohn Wetton(ジョン・ウェットン)、前衛打楽器奏者のJamie Muir(ジェイミー・ミューア)、ヴァイオリンおよびメロトロン奏者のDavid Cross(デヴィッド・クロス)という5人編成である。
1973年にリリースされた『Larks' Tongues in Aspic(太陽と戦慄)』は、メタル・パーカッションの不気味な響き、静寂から轟音へと激変するダイナミクス、無調に近い鋭利なリフ、そして完全な即興演奏(インプロヴィゼーション)が一体となった衝撃作となった。ミューアの離脱後、4人編成となったバンドはステージ上で極限の即興演奏を繰り広げ、そのライヴ録音とスタジオ作業を融合させた『Starless and Bible Black(暗黒の世界)』(1974年)を制作。さらにクロス脱退後、フリップ、ウェットン、ブルーフォードのトリオ編成で制作された『Red(レッド)』(1974年)は、重厚極まりないディストーション・ギターと地を這うベース、変拍子のポリリズムが唸るヘヴィ・ロックの最高峰となった。哀愁と狂気が交錯する名曲「Starless(スターレス)」を残しながらも、アルバム発表直前の1974年9月、フリップは「キング・クリムゾンは完全に終焉した」と宣言し、バンドの解散を発表した。
解散から7年後の1981年春、フリップは当初「Discipline(ディシプリン=規律)」と名付けた新たなプロジェクトを始動させた。メンバーにはブルーフォードに加え、Talking HeadsやFrank Zappaのツアーで異才を放っていたアメリカ人ギタリスト/ボーカリストのAdrian Belew(エイドリアン・ブリュー)、Peter Gabrielの右腕として知られるチャップマン・スティックおよびベースの名手Tony Levin(トニー・レヴィン)が招聘された。リハーサルが進むにつれ、その音楽がクリムゾンの精神を宿していることを確信したフリップは、これをキング・クリムゾンとして再始動させる。
1981年に発表された『Discipline』は、70年代のダークで重厚なサウンドから劇的な変貌を遂げていた。インドネシアの伝統音楽ガムランから着想を得た2本のギターによる複雑な噛み合わせ(インターロッキング)、変拍子とポリリズムの精緻な交錯、トーキング・ヘッズやニュー・ウェイヴのビート感覚が融合したサウンドは世界中に驚きを与えた。「Elephant Talk」や表題曲「Discipline」に代表される超絶的なアンサンブルは、『Beat』(1982年)、『Three of a Perfect Pair』(1984年)の3部作を通じて完成度を高めたが、音楽的緊張の極限に達したバンドは1984年に再び活動停止へと入った。
10年の沈黙を経て、1994年にキング・クリムゾンは前代未聞の「ダブル・トリオ」体制で劇的な復活を果たす。80年代の4人(フリップ、ブリュー、レヴィン、ブルーフォード)に、フリップの弟子筋であるウォー・ギター奏者Trey Gunn(トレイ・ガン)と、Mr. Mister出身の実力派ドラマーであるPat Mastelotto(パット・マステロット)が加わり、ギター2人、ベース/スティック2人、ドラム2人という重層的な6人編成が組まれた。1995年の名盤『THRAK』では、80年代の精緻な構築美と70年代『Red』期の凶暴なメタリック・サウンドが融合し、圧倒的な音圧とポリリズムが炸裂した。
その後、巨大化しすぎた編成を柔軟に機能させるため、バンドは内部のメンバーを小編成に分割して即興演奏を実践する「フラクタル化=ProjeKcts(プロジェクト One〜Four、Xなど)」をフリップ主宰の独自レーベルDGM(Discipline Global Mobile)を通じて精力的に展開。ブルーフォードとレヴィンの離脱を経て、4人編成(フリップ、ブリュー、ガン、マステロット)となった「ダブル・デュオ」期には、インダストリアル・メタルやマスロックへ肉薄した『The ConstruKction of Light』(2000年)、『The Power to Believe』(2003年)を発表し、新世紀においても極限のヘヴィネスと実験性を証明した。
長きにわたる活動休止期間を経て、2014年にフリップはこれまでの常識を覆す破格のラインナップでキング・クリムゾンを再集結させる。ステージ前方にパット・マステロット、Gavin Harrison(ギャヴィン・ハリソン / Porcupine Tree)、Bill Rieflin(ビル・リーフリン / Ministry, R.E.M.)という3人のドラマーを横一列に並べ、後段にフリップ、トニー・レヴィン、Mel Collins(サックス/フルート、初期メンバーの復帰)、Jakko Jakszyk(ボーカル/ギター)が陣取る「7人編成(のちにJeremy Staceyが加わり8人編成)」である。
フリップが「八面六臂の怪物(Seven-Headed Beast)」と形容したこの体制は、スタジオ録音の新作をあえて作らず、ライヴ演奏に特化。初期の『クリムゾン・キングの宮殿』から『太陽と戦慄』『レッド』、80年代、90年代の代表曲まで、半世紀に及ぶ全キャリアのレパートリーを解体・再構築し、驚異的な精度と生命力で現代の音楽として甦らせた。2020年にリーフリンが逝去する悲劇を乗り越え、2021年12月8日の東京・Bunkamuraオーチャードホール公演をもってワールド・ツアーの幕を閉じた。フリップはこれをクリムゾンの最後のライヴ活動と位置づけ、50年以上に及ぶ壮大かつ苛烈な音楽の航海を美しく完結させた。
キング・クリムゾンの本質は、単なるバンドの歴史ではなく、「音楽に対する厳格な姿勢と絶え間ない探求の記録」にある。Robert Frippは常に完全主義的な規律(Discipline)をメンバーに求め、既存のロック・フォーマットであるブルース進行やクリシェ(常套句)を徹底的に排除した。全音音階や無調、変拍子、複雑なポリリズム、そして自ら考案した「ニュー・スタンダード・チューニング(New Standard Tuning / NST)」やテープ・ディレイによる「フリッパートロニクス(Frippertronics / Soundscapes)」など、楽器の奏法や音楽理論そのものを刷新し続けた。
その先鋭的な精神とサウンドは、ロックの歴史そのものを決定づけた。Kurt Cobain(Nirvana)が『Red』をフェイバリットとして公言したのをはじめ、Tool、Dream Theater、Opeth、Meshuggahといったオルタナティヴ/プログレッシブ・メタルの旗手たち、さらにはPrimus、Nine Inch Nails、Battles(バトルス)などのマスロックやポスト・ロック勢に至るまで、キング・クリムゾンが開拓した暗黒のヘヴィネスと精緻なアンサンブルは、今なお現代音楽の広大な領域で決定的なインスピレーションを与え続けている。