Vinyl Record Reviews
Princeは、1958年6月7日にアメリカ・ミネソタ州ミネアポリスで生まれたシンガー、ミュージシャン、ソングライター、作曲家、編曲家、サウンドエンジニア、プロデューサー、俳優、ダンサーだ。ジャンルはElectronic、Pop、Funk / Soulにまたがり、スタイルとしてはFunkやNew Waveが挙げられている。1984年から1986年までは[a96774]のフロントマンを務め、1991年以降はThe New Power Generationのリーダーとして活動した。
Princeのキャリアで重要なのは、作品の作り方と流通のしかたに強いこだわりを持っていた点だ。1986年から1994年にかけては自身のレーベルを運営し、その後はNPG Recordsへとつなげていった。これはワーナー・ブラザースとの契約をめぐる対立が背景にある。彼は作品の権利や制作面での自由をめぐる争いだと説明しており、1993年には自分の名前を発音不能なグリフに改名した。
さらに1993年から1996年にかけては、頬に「Slave」と書いて公の場に現れた。これも当時の契約への抗議として知られている。こうした行動は、単なる話題づくりではなく、音楽をどう管理し、どう届けるかに対するPrinceの強い意思を示している。
Princeの音楽は、Funkのリズム感とNew Wave的な音の整理のされ方が同居している点が分かりやすい。そこにElectronicやPop、Funk / Soulの要素が入るので、曲ごとに印象がかなり変わる。演奏、歌唱、アレンジ、プロデュースまで自分で担うことが多く、ひとりのアーティストの中で複数の役割が同時に動いている。
また、サウンドエンジニアとしての顔も持っていたので、音の細部まで自分で管理する姿勢が強かった。バンド編成を変えながら活動を続けたThe New Power Generationでも、その時々のメンバー構成に応じて音の作り方を更新していた。
Princeの楽曲でよく知られるものの一つに「Nothing Compares 2 U」がある。この曲はもともとPrinceが結成したバンド、The Familyのために書かれたものだ。1990年にSinead O'Connorがカヴァーしたことで世界的に広く知られるようになった。Princeはこの曲を「ジョーイ・コーコ」名義でオコナー側に提供しており、自作曲を他のアーティストに渡す場面もあった。
こうした例を見ると、Princeは自分で歌うだけでなく、楽曲そのものをどう使うかまで含めて動いていたことが分かる。作品の持ち方にこだわりつつ、必要に応じて他者に託す柔らかさもあった。
Princeは2004年にRock And Roll Hall of Fame入りを果たしている。これは、彼の活動がポップスやファンクの枠を越えて、ロック史の中でも重要な位置にあることを示す出来事だ。音楽性だけでなく、制作体制やアーティストとしての立ち位置そのものに影響を与えた存在として見られている。
Princeは俳優、ダンサーとしても活動していた。さらに、Paisley Parkという拠点を所有し、そこで長く過ごしていたことでも知られる。公私の境目がかなり薄いタイプのアーティストで、制作環境そのものが活動の一部になっていた。
1996年から2000年まではMayteと結婚し、2001年から2006年までは別の相手と結婚していた。2016年4月21日、ミネソタ州チャンハッセンで亡くなっている。
Princeの音楽を追うと、曲そのものだけでなく、権利、名義、制作環境まで含めて一つの作品として動いていたことが見えてくる。そういう意味で、彼のキャリアは演奏やヒット曲の集まりというより、アーティストが自分の音楽をどう扱うかを実際に示した記録として読むと分かりやすい。